YUNNAN
中国・雲南省・麗江
2回目


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1998年3月18日より25日まで,再び雲南を訪ね,更に空路北西の観光の町,麗江を訪ねる。前回は8月の夏真っ盛りであったが,今回はまさしく日本の早春で暖かく,北京の寒さが嘘のようであった。



万古楼の丘より林の合間に見える麗江の旧市街の甍
唐の時代の建物の様式をそのまま伝えるという





97年8月末に,北京より空路昆明へ,更に昆明より北へ空路約40分,最近完成した麗江空港に到着。最初地図で眺めたときは,高い山の天辺にある小さな村という感じであったが,着いてみると,標高2400mに高原のように広がる大きな盆地であった。周囲を湾曲した長江の上流,金沙江が取り巻き,その北寄りに標高5590mの玉龍雪山が聳え立つ,なんともこの世から隔絶された神秘的な一つの大きな町であった。既に観光開発の手が入り,年間130万人の人々が訪れるという。タイ資本の立派なホテルがあり,相当の覚悟をして乗り込んだメンバーは,その開発の進展に大いに驚いた。標高2600m近辺からスキーのリフトのような乗り物が標高3600mの位置まで運んでくれ,その上部のターミナルからは,歩いて30分ばかりの遊歩道が原生林の中に設けられており,その行き着く先には,草原のような広場があって,観光客相手に少数民族の衣装を着た娘さんたちが輪になって踊ったり,民族衣装とともに写真を撮ると5元を払うという,完全に観光へのサービス設備が整っているのである。リフトへの乗車口から眺めた玉龍雪山は,黒部の大町口で眺めた黒部の山のような感じである。麓には,500年の歴史を有する玉峯寺があって,歴史の深い椿の枝が庭を覆っている。

一方町は,観光客のために家の軒並みを揃えて,お土産物やさんや,古典音楽を聞かせる舞台が設けられている。ここは少数民族である納西(ナシ)族の本拠地で,その音楽は日本の雅楽のように伝統を守っているが,そのリズムはまるで日本人には郷愁をそそるものであり,周囲では昔の伝統をそのまま残している少数民族として有名で,世界の民俗学者が研究に集まっている。日本の東大の先生もここに研究のために滞在しておられるとか。顔かたちや音楽から,ここは大和民族の発生の地ではないかといわれており,食事をしていたら,ナシ族の人々が,「日本のナシ族か」と言いながら集まってきて乾杯をしようと杯を上げていた。

玉龍雪山の裏側に当たる北側の金沙江は峡谷をなしており,虎が跳んだという岩が川の真ん中にあって,「虎跳岩」という名所となっている。更に上流に行って石鼓と言う部落に行くと,川幅は大いに開けて,この川に沿った道路はチベットまで延びている。この辺りの川幅の広いところは,諸葛公明が雲南を攻めたときの渡河地点としての言い伝えを残している。



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