私の主張 07

ー コンピューター技術は国際協力の重要なツールの一つ ー

(2000/1/30)


[HOME] [adachi]


先日,やっとニュースの収集が終わって,これからホームページを更新編集しようと思って,羽田空港についてコンピューターをあけると,画面がなにも出てこない。どうもバックライト切れらしい。この事故はよくあるとは聞いていたが,自分が遭遇するのは初めて。レッツノートCFS21を買ってからちょうど1年,いつも持ち歩いているので,このような事故は起こる得るわけである。誰かの「足立マイナスコンピューター=ゼロ」の冷やかしが聞こえてきそうで,全くその通り,何もできなくなってしまった。海外出張中の事故でないのが不幸中の幸い,翌日早速日本橋に行って診断,他のCRTに繋ぐと生きているので,明らかにバックライト切れ。それでも修理には1週間以上掛かりそうで,慌てて心臓摘出手術よろしくHDDを抜き取って,予備においていたHDDに差し替えて,修理に出す。「もう1年使ったから良かろう」と自分自身に言い聞かせて,後継機であるレッツノートCFM1を購入,帰って急いで摘出したHDDをドックに繋いで,過去の蓄積を新しいコンピューターに移植,なんなんくホームページの更新を,遅れることなくやり遂げた。すごいショックだったけれど,平然 と元通りに返して,何食わぬ顔で,「新しいコンピューターを買ってしまった」と同僚の前を取り繕った。今や,コンピューターは,語学とともに,国際協力に従事するものの重要なツールの一つなので,この際,私のシステムの解説と,こう使うべきという私の主張を整理しておく。


1.コンピューターで処理できないものは

一体,コンピューター以外では,仕事の上で何をやっているのか,自問自答すると,殆どのことをコンピューターでやってしまっていることに気がつつく。情報をとってくるのも,書類をあさるのも,報告書を書くのも,写真を整理するのも,メールを送るのも,FAXを送るのも,講義をするときも,すべてコンピューターを通じてやっている。手元にこれといった筆記用具がない,紙がない。しかし,しぶとく使っているのは日程を書き込んだ小型手帳だ。これは,コンピューターや,最近流行のPDFでも出来ないことはないのだろうし,事実PDFを胸ポケットから出してきて書き込んでいる友人もいるにはいるが,このスケデュールの調整だけは,私は小型ノートを離せない。だから考えてみると,コンピューターと小型手帳だけで殆どすべての仕事をこなしている自分を振り返って,驚いてしまう。我々の仕事では,地図を離せないが,地図というのはやっかいで,大体サイズがままならないから,色鉛筆と定規,それにどうしても大きなサイズの地図を広げる机が必要になる。それと問題は,その地図を格納する適切な入れ物がないということである。しかしそれも最近は,スキャナーと優秀な図 を書くソフトが出回ってきて,コンピューターの中で処理できるようになった。まだ完全とは言い難いが,そのうちこれも解決するだろう。

コンピューターとのつきあいは古い。1968年ぐらいには,大阪市の難波にビルの1階を埋め尽くしたIBMのコンピューターがお目見えして,それまで手回し計算機と算盤でやっていた365日10年分の河川の流量データーから電力量を計算するプログラムをフォートランで作り始めて,組んだプログラムをカードに打ち込むと,厚さが1m以上になる,この始末の悪いインプットデーターを抱えて地下鉄で中之島から難波まで運び,待合室でコンピューターが空くのを待ってやっと走らせる,ところがプログラムに1行間違いがあるとストップ,これで一日が終わりになって,また翌日難波まで行く,これを繰り返すと1週間ぐらいはすぐ経ってしまう,それでも計算は確実だし,手で計算するよりは早かった。当時のコンピューターは確か360KBと言っていたので,ハードディスクなんて言うものはなく,360KBのメモリーだけを使って計算するので,当時の技術者のコンピューター能力は,第一にプログラムのミスをしないこと,第二に如何に少ないメモリーでプログラムを書き上げるか,ということであった。とんでもない笑い話もある。ある日,明朝までにデーターを出さなければなら なくなって,優秀な同僚が,俺が計算する,といってアウトプットを出してきて,「じゃあ出たからよろしく」と言って帰ってしまった。30cmぐらいの厚さのアウトプットを渡されて,夕方,さて報告書を,と思って整理しかけると,縦横の集計が出ていない,これは慌てた,他の同僚と二人で算盤片手に縦横の集計を始めるが,なかなか合わない,エクセルは私たちのこの経験から作られたに違いない,10年間毎日のアウトプットの月と年集計を二人で算盤でやって,やっとできあがったのは,既に夜も明けた朝の6時であった。

1976年に初めて海外勤務に就き,ビルマのラングーンに赴任した。そのころちょうど,富士通が初めてのコンピューターキットを売り出していて,それを買って持っていった。すべて自分で半田付けから組み立てるもので(今考えると,どうして富士通は組み立てたものを売り出さなかったのかなあ),設計図を見ながら組立終わってスイッチを入れるがウンともスンとも言わない,この野郎!と机にたたきつけると急に点灯した。それからが大変で,入っているのはアセンブリーの言語だけ,足し算もかけ算もできない。四則演算のソフトをアセンブリーで作り始めるが,これがそんなにたやすくは出来ない,結局は投げ出してしまって,最近引っ越ししたときに,倉庫に眠っていたこの残骸を,家内に「博物館に寄付しましょうか」と皮肉を言われた,確か安月給をはたいて10万円ぐらいで買った代物であった。1986年ぐらいに,各部屋に大型コンピューターの端末が座りだして,これを自分の机の側に置いて「今から俺は一切鉛筆を使わないぞ」と宣言して,すべての書き物をコンピューターで始めたが,考えてみれば,これが本格的なワープロの始まりだったようだ。


2.国際協力もいろいろなシチュエーションあり

国際協力に従事している人々の中にも,いろいろなシチュエーションが考えられる。しかし殆どの人が,海外で仕事をする必要に迫られる。海外で仕事をするとしても,海外に数年間腰を落ち着けてそこにオフィスを持って仕事をする人もあれば,年に数回の短期の出張をこなしている人,年に何度も何度も短期で海外に出かけて行く人,様々である。私の場合は,短期の海外出張を何度も何度も繰り返している部類で,今から私の主張することは,このような人々に当てはまる。これからは,国の内外を問わず,国際協力かどうかを問わず,コンピューターを常に鞄の中に入れておかねばならない人々が増えて行くだろう。私は,モバイルの第1人者とは言わないが,条件を絞ってきて,特定のオフィスに座っている時間は極めて短く,何度も何度も海外出張を繰り返し,その場その場でオフィスにいるがごとくコンピューターを扱っている人,と言うシチュエーションを想定すれば,まさしく私は日本の第1人者のグループにはいるだろう。これまでに失敗を繰り返し,ずいぶんお金をかけ,これを皆様に公開しなければ,この失敗や出費が泣くというものである。

私のコンピューターシステムで,絶対に私が主張したい数点がある。それは私にとって重要な順番に並べると次のようになる。「コンピューター本体は出来るだけ小さく軽く持ち運び容易なこと」,「ハードディスクの容量が現時点での最大クラスにはいること」,「バッテリー容量が大きく欧米への飛行中にも不足を感じないこと」。まずこの3点を満たしてくれるならば,後はこちらの料理次第と言うことになる。6年ぐらい前まではDECのノートブックを使っていたが,当時は薄型でこのタイプのものは他になかった。しかし最近は殆どのメーカーが薄型を採用してきたので,あまりメーカーにこだわる必要がなくなった。4年ぐらい前にパナソニックがレッツノートを出したときに,「モバイラーのノートブックはこれだ!」と叫んで皆に見せびらかしたが,海電調の古市正敏さんがやおら鞄からちらっと見せて,「俺もだよ」と言われたときは,まさに意気投合したものである。それから3代にわたってレッツノートを使っているが,今ではどのメーカーも似たり寄ったりになってきた。しかし私の主張したいのは,2代か3代までは同 じメーカーのものを使いたいと言うことである。使い慣れということもさることながら,機種が変わるたびにアダプター,フロッピーディスク,CDROMなどを買い換えるのは面倒で,同じメーカーにそろえておくと,例えばアダプターなんか,オフィスに一つ,家庭に一つ,というように非常に便利である。


3.ハードディスクに何が入っているのか

現時点でのノートブックのHDD容量は,大体最大で8GBぐらいになってきている。前回の機種で6GBのHDDが一杯になってしまって困ったので,今度は8GBにしたわけであるが,一体何がそんなに入っているのか,と疑われるむきもあろう。私の現在の身分であるJICAの酷使協力専門員は,毎月一度,業務報告書を書くよう義務つけられている。1988年に専門員になったので,10年以上が過ぎ去ったわけであるが,過去の報告書約130通がHDDに入っている。書くときはめんどくさいと思って書いた報告書も,ここまでたまると何かと役に立つ。自分の軌跡が分かるだけでなく,数年前に一度死んだプロジェクトが生き返ったりして,またはその経緯を聞かれたりして,重宝している。もっとも,自分で書く報告書やレポートは,テキストデーターなので大した容量ではないが,問題はソフトを変えて来ているので,どの時点にも対応しようとすると,昔使っていた一太郎のシステムや,数年前まで使っていたロータスのシステムが必要となり,今使っているマイクロソフトだけでは対応できないのである。全部をテキストデーターに変換しておくというような面倒なことはやる気がな いわけである。

一番容量を食うのは,なんと言ってもスキャナーのでデーターである。私は,書類の整理に visionner の PaperPortstrobe を使っているが,これは私最大のおすすめ商品である(しかしホームページを見ると生産中止とか,どうしてかな?これからはフラットスキャナーになるのかな?)。数年前からの書類や報告書,さらには名簿や基本的な単行本(例えば同窓会名簿やJICAのマニュアル類,さらには堀博氏の「メコン河の開発と環境」など)まで入っているので,2GB近くになり,今後もどんどん増えることになる。しかし,A4が1枚で約50KBぐらいとすると,2GBで4万ページがハードディスクに入っている勘定で,これは100ページで厚み1cmとすると,2GBで4mの高さとなり,これを重量を感ずることなく海外のどこでも運んでいけるわけで,安心感だけでも装備する値打ちがある。プリンターさえあればどこでも文書を再現できるわけである。インドネシアのミッションで仕事をしていた同僚がメールで,「足立さん,助けて!3年前のあのSW,ありますか!」とSOSを出してきたので,ナイジェリアにいた私は早速スキャナーデーターをJPEGに変換してメールに添付し,喜ばれたことがあった。気休めの面が70%,実用が30%と言うところか。それでも,仕事場を,オフィスから家 庭,さらには海外への飛行機の中,海外でのホテル,ところかまわず書類を持ち歩けるわけで,どうして皆私のまねをしないのか,と不思議でならない。最近の「日経PC」で紹介されていた書類整理の話は,あまりにもスキャナーのハードの話に偏って,「自分ではやっていない人が書いたな」と言うことがよく分かる。100ページもの書類を,いちいちスキャナーのふたを持ち上げる,なんてことは出来るわけがない。スキャナーにかける時間を如何に短縮するか,ハードの人々も,このあたりを頑張ってほしい。

もう一つハードディスクの容量を食うのはデジカメである。私はリコーのDC−3Zを使っているが,もう既に時代遅れの感もある。しかし,35万画素で少ないが,ホームページに写真を載せるには容量も少なく不便はない。私のデジカメに対する条件は,「山の中を歩くときに負担にならない重量と大きさ」,「どこでも電池を取り替えることの出来る単
3電池を使用するもの」,「数cmまで接写が出来て場合によってはスキャナーの代用品になり得ること」の三つである。スキャナーを持ち歩けないときに,とっさの場合にコピーするのにはなはだ便利である。黒板で議論した内容や,ある高官の部屋に張ってあった貴重な地図のコピーなど,使い道は多い。


4.CDROMの発達で良いソフトが出てきた

今,一番気に入って愛用しているのは,マイクロソフトの百科地球儀である。これは最大で50万分の一ではあるが使い道は多い。50万分の一と言えば,市販されているパイロット用の世界地図と一緒で,特に現地で地図が手に入らない場合には,唯一の足がかりである。中国,ナイジェリア,モロッコ,モンゴル,などでは役に立った。それと,眺めているだけでも楽しいが(国を表すとそこに関係したウエッブへのリンクも入っている),講義の場合のプレゼンテーションにももってこいだ。旧版の「99」の日本語版は,書き込みが出来ないのと緯度経度の線が出ていないので,全く使い勝手が悪かったが,今度の2000は良くなった。外国で長距離のドライブをやるときは,必要な部分をカラーでプリントして持って行く。これにGPSを噛み合わせれば,非常に役に立つ。なお,このソフトを動かすには基本的にはCDROMが必要だが,最近は「携速98」や「CD革命」のソフトで,ヴァーチャルにハードディスク上でCDROMを再現できる。しかし,CDROMの容量は普通500MBぐらいはあるので,そのために もハードディスクの容量が必要となるわけだ。この地図は報告書にも使えそうだが,著作権の問題があるので,注意した方がよい。

GPSには,私もずいぶんお金を使っている。最初に買ったのはロンドンで,ガルミン社製の比較的初期のものだが,今でも使用に耐えている。しかし,GPSについて注文があるとすれば次の通りである,すなわち,「アンテナは絶対別置きで車の外に付けれるもの,場合によっては山を歩くときに帽子の上に付けれるのがよい(実際にこれを考えたアンテナもある)」,「データーのコンピューターへの取り込みが出来るもの」であろう。最近のハンディGPSはかなり進んでいるが,殆どのもは日本の国内需要をにらんだもので,内蔵している地図も国内に限られるし,地図ソフトとの連携も日本地図だけである。これほど多くの人が海外に出ていっているのだから,海外の地図との連携をもっと一般的にはかっても良いと思うのだが。もちろん,ニフティのフォーラムを読むと,欧米の地図とは連携する手法も開発されているが,それはいずれにしてもGPSからのデーターがコンピューターに取り込めるところから始まる。いろいろなメーカーがあるので一概には言えないが,私はGPS65EZを購入し,今のところ満足している。全く地図が手に入らな かったナイジェリアで,GPSと百科地球儀の組み合わせは抜群であった。


5.海外におけるモバイルのやり方

世界各地を回るたびに,そのモバイルの経験談をHPに解説しているので,それも併せて見ていただきたい。ずいぶん苦労をしてきたが,この海外モバイルの状況はまさしく日進月歩で,今日のインフォメーションは明日は役立たない,と言うことはしょっちゅうである。私のホームページの更新への努力を,多くの人が,「なぜ一生懸命やっているのか,訳が分からない」と言う。JICAの資源調査課の小林広幸君は疑い深いので,「足立さん,何か知らないが,金儲けをねらっているのでしょう」と上目遣いに顔をのぞき込む。私のねらっているものがあるとすれば,それは,「これからの世界は,どこにいても仕事は同じ」と言う状況を作り出したいからだ,と言いたい。現実には,まだまだ,発展途上国を巡りながら,この状況を作り出すには大変だ。しかし,この2,3年でずいぶん変わってきたので,私のねらう世界は,もうすぐそばに来ているのではなかろうか。ただ,ラインの中枢に座っている人たちは,一般にこのようなコンピューター情報手段をいやがる。ラインの中で情報伝達手段が確立されている(実際にはそんな立派な公式情報手段を持っている組織は 少ない)と考えているわけで,横から入ってくる情報が,問題を複雑にするからである。しかし,情報とはそういうものではないような気がする。結局これからは,洪水のごとき情報の中で,一瞬のうちにこれを捨てたり取り入れたりする能力が,管理職にも要求されるだろう。今からその訓練を積むべきである。私のHPのフラッシュニュースの作成は,全くこのような訓練に適している。世界中に散らばったニュース情報は全く無限に近い,このような中から,英語のHPの一瞬の斜め読みで,自分の目指す記事を毎日探してくる,しかも,一日のうち割ける時間は,私のような立場でもせいぜい1時間である。これは大変な訓練だ。だから,私は自分の仕事のためにやっているのだけれど,このように苦労して集めた情報を,仲間に分配しない手はない,と考えている次第である。(小林君,疑うなよ)

これを日本でやる場合はまだよいが,海外出張中でも続けるのは大変である。最近では,この海外出張中の私の記録に目を付けた雑誌社などが,「足立さん,うちの雑誌に載せますよ」とメールを送ってくる。一般に注目されているのは,この辺鄙な海外からのモバイル経験であろう。詳しい経験はモバイル欄に譲るとして,海外のモバイルのやり方は,大別して,プロバイダーの問題と電話の問題がある。まずプロバイダーの問題は,欧米等の先進国であれば,殆どのプロバイダーがカバーしているので,特に考えることもなく,IBM,AOL,Microsoft,AT&T,Niftyserve,何でも良かろう。しかし,ちょっと発展途上に近いところ,例えばタイ,モロッコ,中国などになると工夫が必要で,最近のGRICが大きく伸ばしてきている,たびたびカバーの範囲を広げているので,注意してダイヤラーを更新することが必要である。このGRICは多くの一般的な国内プロバイダーも参加しているので,例えばNIFTYなどはそのまま,加入すれば使えるのである。しかし,このような中発展途上国を除くと,どうしてもさらに条件の悪いiPass 等に加入しなければならない。そうして,iPass もないところ,そういう国では,現地プロバイダーには入るしか方法がないわけであるが,これが短期の出張者にとっては辛いのである。忙しいスケデュールの中を,町に出向いて加入手続きをするぐらい面倒なことはない。それと,海外ではいろいろ不具合があるから,どうしても代替手段を確保しておく必要がある。GRICで駄目ならiPassがある,それも駄目ならIBMでとか,しかしこれはお金がかかるので,大変ではある。

電話の問題は,プロバイダーの問題以上に深刻なケースが多い。最悪は,ホテルの交換手を通さなければ外へ繋がらないケースで,この場合は交換室に忍び込んで,ストップウオッチ片手に時間を計ってそれでお金を払う,でもこのケースは,高いホテルに泊まるかどうか,にもよるが,最近の経験ではブータンぐらいであった。次の最悪は,電話コードが電話機に直結されているケースで,比較的歴史の古い都市のホテルに多い。ラオスやカンボディアのように,昔は何もなくて,やっとホテルが建ち始めた,と言うような都市では,この直結はないが,昔から観光が発達していた,例えば,モロッコや日本のホテルではよくある。片側が切れている電話コードを常に持参していて,ホテルの技術者を捕まえて,直接繋ぎ込んでもらうケースもあるが,このぐらいは,自分でやれるようにしたいし,次からはコード用のペンチを持参することにしよう。

プロバイダーと電話の設備が満足されても,なかなか大変なケースが多い。「繋がらない,繋がってたびたび切れる,切れなくても遅い」,私はこれを海外モバイルの三重苦と呼んでいる。

最近,日本の一般家庭でも,場所さえ良ければ,優先のケーブルテレビと抱き合わせでLANを供給してくれるようになった。私も,茨木の家にJCOMの優先を引き込んだが,これはすばらしい。スピードも10MB以上で,JICAのLANよりかなり早い感がする。月6000円で繋ぎっぱなしだから,東京に出て行くよりは,オフィス環境は快適である。メールソフトを立ち上げておくと,このようなものを書いていても,メールが来れば,オフィスのLANの用にすぐ通知してくれるし,報告書を書いていて何か参考に見たいと思えば,そのままウェッブを立ち上げればよいわけである。5台まで一度に動くのは,一般のLANと一緒で,休みに息子たちがきて使って行く。家内も,常にメールソフトが立ち上がっているので,容易に電子メールになじめるようだ。


[HOME] [adachi]