私の主張 08

ー ベトナムのソンラ大水力プロジェクトの行方 ー

(2000/2/12)


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久しぶりに,ベトナム北部のソンラ大規模水力プロジェクトの記事を目にした(000209ZA)。この計画は,紅河の上流に位置する,最大出力360万KW(170万KWまで各案あり)の,まさにベトナムの将来の経済開発を左右する大プロジェクトであるが,水没移住が12万人に達して,ドナーもさすがに後込みして,未だに開発資金の目処が立っていない。現在のベトナムの設備出力は550万KWと言われているので,その70%に達する大規模なもので,必要開発資金も50億ドル,ベトナムの経済規模年間250億ドルの20%が必要なわけである。日本も,ベトナムと関係する毎に,この問題を持ち出されてきたが,今後一体どうなるのか,ネバーギブアップのベトナムの人々だから,ヤリフォールのように,またやり遂げるのであろうか。日本はともかく,世界銀行あたりは,世界全体の開発戦略の中で,少し真剣に考えてあげる必要がある。中国やインドに莫大な借款を与えながら,弱小国の経済開発には腰が引ける態度は,問題だろう。日本をはじめ先進国では,多くの水力発電を開発して発展してきた。だから,先進国では大きな水没移住を伴うプロジェク トは避けよう,と言う議論は分かるが,ベトナムのようにそれこそ昭和30年以前の日本のような状態にあるのだから,どうしても通らねばならない発展の過程であろう。まず彼らが手近に手に入るエネルギーから開発し,ある程度進んだ段階で,原子力などの電源に取りかかる,やむを得ない発展の過程だと思う。私自身は,ソンラ水力地点の現場に立ったことはないが,この10年間に眼にし耳にした情報を中心に,そのあらましを振り返ってみよう。


1.プロジェクトの概要と問題の発端

この計画地点は,ベトナムのハノイに流れ込む紅河(DaRiver)の上流,南側の大支流 Black River の上流,流域面積が45,370平方kmの地点に,ダムを建設してダム直下で発電するものだが,ダムの規模によっていろいろの案があるので,最大の規模を想定して書くと,高さ190mのダムを建設して,総貯水容量308億トン,有効貯水容量192億トンの貯水池を得て,年平均流量毎秒1,560トンの流量を調整して,ダム直下で360万Kw,年発生電力量148億kWhを発生するものである。この計画は,1970年初頭に,旧ソ連の手によって下流のホアビン水力プロジェクト約200万KW の調査を行った際に提案されたものである。旧ソ連がベトナムから手を引き欧米の経済制裁が続く間,ベトナムは独自にボーリング等の調査を行ってきた。

足立隼夫の主張」でも述べたとおり,1991年11月に日本が欧米に先駆けて制裁を解除し,92年2月,JICA初めての電力プロ形ミッションがハノイにはいるが,ここで先方が執拗に日本の協力を要請してきたプロジェクトがソンラ水力であった。先方は,50万ボルト送電線をハノイからホーチミンまでが完成するので,北に電源を開発しこれを南に送ると主張するのである。この考え方に抵抗を示したミッションは,続いて小林ミッションを送って,とにかく全国のマスタープランが明確にならなければ,ソンラを支援することは出来ない,として,需要予測も含めたマスタープランの作成に入った。形はマスタープランであったが,実質的にはソンラを支援すべきかどうか,目標はその一点にあったはずである。この仕事を担当した電源開発の小山さんも,この点でずいぶん苦労され,ダムの規模を小さくした方がよいとの結論を出された。私もこのときに,小山さんと膝つきあわせて技術的な意見を交換したが,私の意見は,ベトナムはダムを小さくすることに合意しないだろう,経済性だけで議論すべきではなく,環境等の他の要素で説得しなければ駄目 でしょう,との意見を申し上げたことを記憶している。最終報告書を説明に行かれた小山さんは,結局先方はダムを小さくすることに合意せず,帰ってくれ,と言わんばかりの応対で,日本との連携は途絶えたと聞いている。

日本からの協力を半ば諦めたベトナム政府は,このソンラの開発を世界銀行に相談し,世界銀行はとりあえず調査をやってみようとの結論で,1995年4月に百万ドルの拠出を行い,続いて7月に460万ドルを調査に引き当てることでベトナムと合意した。しかしこの合意は,世銀全体の意見がまとまらず,同年12月に,合意撤回をベトナム政府に伝えた,との記録が残っている。この間,中心になって動いたのはスウェーデンのコンサルタントで,世界銀行が合意を撤回した後も資金集めに奔走し,今回の報道では,米国の Harza,Sweco,それに Price Waterhouse Cooper が協力して,FSを完成させ,報告のためのセミナーを開いたようである。この記事では,170万KWと報道されており,部分運転開始なのか,全体の規模を縮小したのか,判然としない。しかし,依然として水没移住の対象は,16,587家族,約10万にと報告されており,依然として,水没を含む環境問題を抱えているのである。共産党中央委員会顧問のフーバンキエット氏をして,「水位については,下流のホアビン発電所と下流住民への影響に十分配慮して決定するように」と言わしめているのである。


2.ソンラはどこへ行く

50億ドルの資金調達問題と,10万人に達する水没移住の問題を抱えながら,アジア最大の水力発電プロジェクトはどこに行くのであろうか。政治的な課題を抱えながらも,アジアの経済危機を最小限に被害で切り抜けたベトナムは,その7千万人を越す人口と,アジア随一の勤勉な国民性から,ホーチミンを経済の核にして,タイなどの東南アジア諸国を追い越すべく,今後,発展を遂げるであろうことは容易に想像できるが,その基盤となる電力は,南部の天然ガスの包蔵が今ひとつ明らかでなく,当面開発可能な水力を開発せざるを得ないであろう。中規模の南部の水力には日本も協力をしているが,ベトナム政府は,やはりその突破口はソンラであると考えているようであり,「ネバーギブアップ」の精神で,南北50万ボルト送電線や,中部のヤリフォール水力をやり遂げたように,国民が団結してその推進を図るであろう。

国が飛躍的に発展するときに,重要な役割を果たすのは,その国の国産のエネルギーである水力であろう。日本でも,昭和30年代,国を挙げて応援したのは,佐久間であり,黒部第4であり,奥只見など,日本を代表する水力であった。まず持てる水力を開発してから,ある程度軌道に乗せて,それから大容量火力や原子力が主要な担い手となってきたわけである。大規模水力開発以前の,我々の世代が高校受験を目指していた頃の日本は,毎晩,毎晩停電に悩まされていたことを思い出す。国内の水力は,その殆どをこの経済の立ち上がりに使ったわけである。タイにしても,インドネシアにしても,まさしくこの道を歩んでおり,1980年代のジャカルタは,持てる水力の包蔵エネルギーの開発に邁進したし,タイもまさしく同様の時期に,国内の殆どの水力ポテンシャルを開発し尽くした,インドも殆ど同様の状態である。だから,日本やタイで,もう大規模貯水池の開発はやめておこう,という意見は理解できるし,事実殆ど新たな発電ダムを目指す動きはない。

しかし,我々の視点から,中国やベトナムのような,今から立ち上がろうとしている国を判断すべきではなかろう。これらの国は,今まさしく日本が昭和30年代におかれていた電力を含めたインフラの飢餓状態にあると考えるべきではなかろうか。国民が総力を挙げて持てるポテンシャルの最大利用に向かって走っている状況だと思う。日本が,黒部第4の建設当時に,新入社員であった私も,世銀のエンジニアーが何度も現場を訪ねて,その指導に当たったことを覚えている。あのころの日本を,世界銀行や米国が支援してくれなければ,果たして今日の日本はあったであろうか。世界銀行が協力を拒否し,世界の世論が佐久間や黒4の建設に反対して,地元住民を反対に向かって扇動した場合を想定すると,本当に背筋が寒くなる思いである。

持てる国産のエネルギーをまず開発する,と言うのは,それで立派な自助努力の一つであり,最近不穏な動きをする原油の価格動向にも,大きな影響を与えるであろう。地元の住民が反対する,これはどうにも致し方ないことで,その場合には開発は出来ない,しかし,今まさに離陸しようとしている国のエネルギー政策を,外部から意図的に介入することは,その国の国民の立場に立てば,とても我慢の出来ることではなかろう。

日本が協力することは無理としても,少なくとも世界銀行は,過去の発展途上国が如何にしてインフラを整備してきたかのノウハウがあるわけで,ソンラのような国の将来を左右しかねない大規模プロジェクトに対しては,今一度,その協力の必要性について考えてみるべきではなかろうか。今,世銀の主導で開催されているダムコミッションは,このような,特定の国のダム開発をどう扱うか,が焦点になっていると思われるので,メンバーの方々の良識ある判断を期待するものである。


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