私の主張 13

ー 日本のODAが支えたアジアの電力,民間開発による将来益の大部分は欧米へ ー

(2000/8/10)


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日本政府の公的資金が支えてきたアジア各国の電源開発は,今や民間資金に任されている,これが昨今のアジア諸国の趨勢である。IPP(Independent Power Producers:独立した民間の発電を行う企業体)は,本来は電力市場が十分に成熟した都市需要,例えば,バンコク,マニラ,ジャカルタ,インドの主要都市など,極く限定された地域でのみ成り立つものと思うが,将来を見越してか,実に多くの発電プロジェクトが,アジア全域に亘って水面下で動いている。私自身が耳にしたプロジェクトだけでも,アジアの発展途上国(中国を除く),バングラ,インド,インドネシア,ラオス,マレーシア,ネパール,パキ,フィリッピン,タイ,ベトナムの11カ国で,約100プロジェクト,出力にして約1億6,000万KWを超えるであろう。日本の企業がどのように動いているかは判然としないが,この100プロジェクトのうち,おそらく10%を切っており,そのシェアーで行くと数%の数字になると思われる。これはなにを意味するか,日本が公的資金で営々と支えてきたアジア主要国の電力セクターの今後の便益は,殆どを欧米諸国のIPPがかっさらって行くわけで,しかも,この民間開発を支える資金の重要な部分を,日本人の郵貯を財源とした財政投融資の資金が重要な役割を果たすのである。私は,ODAの主要な目的は,川に流される幼児を自ら飛び込んで救う意味もあるが,本当の目的は,次世代日本人の生き残りだと思っている。日本のODAの民間支援や民間企業の奮起を促すために,ここに一筆。


1.アジアにおける民間開発の兆し

1990年初頭,私自身もまだよく電源開発における民間資金の参入,Private Sectors' Participation,の意味をよく理解していなかった時代,メコン委員会事務局の要請でバンコクで開かれたシンポジュームに招かれて,当時和平復帰したばかりのカンボディアの電力事情について講演した。テーマーはインドシナ諸国の民間資金導入を目的としたものであったが,一緒に参加されたラオスのカモン副大臣は,しっかりと民間開発の意味を理解されて,今後のラオスの水力は民間の手に任す,と宣言されたのである。参加者は殆どが欧米の民間企業で,私のカンボディアの情勢の講演が終わると早速質問が飛びかったが,「それでアダチさん,カンボディアのどこに我々の参入の機会があるのか」と聞かれて,「例えば建設工事における国際ジェネコンの役割とか,電力機器の入札とか」,ちぐはぐな答えをしていたのである。今考えると,あのときの聴衆の中には,今をときめく欧米のIPP企業,Enron や Sithe などの代表が参加していたのであろう。

この少し前に,メコン本流,ビエンチャン上流のパモン水力発電プロジェクトの開発が問題になっていたころ,国境をまたぐダムの建設に,例えば借款などを適用するときに,ラオスとタイをどのように区別するのか問題になったときがあった。日本のあるプロモーターが,「足立さん,会社を作ればよいのだよ,借款はダムの経済性を担保にその会社に供与されることになる」と言い切っていたが,電源開発は公的資金,と云う根強い観念にとりつかれていた私たちは,なるほどそうか,と理解した。おそらくこれが,他の人から聞いた民間開発の初めての説明であったと思う。もうそのころに,電発はBOTと云う呼称でトルコの石炭火力の民間開発に手を着けており,トルコは,公的資金で電源開発を行う意欲を全く失っていた。熊谷組のバンコクの高速道路がBOTで開発され,その契約条件でタイ政府と紛争を起こしたのは,1992年と記憶している。


2.日本企業の出足の遅れと通産省の動き

ラオスのカモン副大臣が,その持てる豊富な包蔵水力の開発を民間の手にゆだねる,と宣言したときに,欧米のIPP企業や,台湾,シンガポールの企業が,雪崩を打ってラオスに押し掛け,ラオス政府の乱発するMOU(政府覚え書き)で,ビエンチャンが賑わったことは記憶に新しい。当時メコン委員会に勤めていた私は,日本企業が全く手を出さないことに不安と焦りを感じていた。商事会社の人に,なぜ出てこないのですか,と不満を言ったり,当時仕事の上でEGATと密接な関係にあった電発の友人に,EGATと電発が組んでラオスに出ていけばよいのだ,と叫んだりしていたが,当時は,東京電力や関西電力の海外進出などは,夢のまた夢の時代である。長く電力でお世話になった私は,東電や関電が出てくれば,まるで荒野を大型ブルドーザーで押しまくるような仕事になるであろうと,歯ぎしりしたものである。

日本の電力も,規制緩和,改革の波が襲ってきて,通産省も動くことになる。通産大臣の諮問機関としての産業構造審議会のうち,経済協力部会が,平成8年(1996年)2月5日に,その中間報告書を発表した。その趣旨は,当時目覚ましい経済発展を遂げていた東南アジア諸国の経済インフラ整備については,公的資金のみでその需要を満たすことは難しく,民間活力の活用が不可欠であるというのが,要旨であり,民間の構造改革をも示唆した,意欲的な内容であった。この産構審経協部会の結論を受けて,資源エネルギー庁公益事業部計画課がその事務局となって,全国の電力・ガス会社の企画担当常務レベルの懇談会が召集され,産構審の報告書に,今後民間会社が如何に対応すべきかについて,議論がなされた。前後4回程度の懇談会の後,報告書が平成8年5月28日付けで完成している。内容は,国内需要家に対して電気料金等の責務を負わされているこれらの民間会社が,アジアのインフラ整備に乗り出すには若干のリスクがあり,公的資金による開発調査等の支援が必要,との民間会社側の意見が盛り込まれている。


3.IPP資金調達の方程式と資金源

(1)予算規模から見た我が国財政投融資枠の意義

周辺国の経済規模は,それを年間GDPで見た場合,タイが約1,500億ドル,ベトナムが250億ドル,カンボディアが30億ドル,ラオスに至っては18億ドルに満たない規模で,地域全体でも2,100億ドルであり,我が国の約4兆ドルから見ると,如何に各国が発展途上にあるかが理解できる。この中で,郵貯簡保を主体とした残高4兆ドルを財源とする一般財政投融資の規模は,年間約4,000億ドル弱で,このうち国際協力銀行が予算配分を受けて運用する国際金融業務予算は海外経済協力分を含め約300億ドルに上り,タイの年間GDPの20%近い規模である。これに対して一般会計からの円借款予算は,年間約90億ドルで,この国際金融の投融資に回される約300億ドルが,アジアの開発にとって如何にインパクトの大きなものであるかが理解できる。(なお,財政投融資資金の他,起債資金,自己資金があり,全体規模は約1,000億ドルになろう。)

(2)国際金融業務予算と「民間活力導入」の関係

通産省を中心にして叫ばれてきたアジアインフラ開発への民間活力の導入の背景には,一般会計からのODA予算約90億ドルでは対応することが難しく,積極的に民間資金の活用を促したものであるが,民間がアジアインフラ開発のために自己資金で参加できる枠はほとんどなく,市中銀行からの独自の借り入れを期待するとしても,その額は限られたものである。更には,このような開発資金を期待することは,民間企業に大きなリスクを背負わせることとなる。従って,端的に解釈すれば,2国間の公式ルートで対応せざるを得ないODA資金の他,積極的に国際金融等の財投枠を動員できる民間企業の枠組み作りを期待した,と言うことも出来る。事実,JBICの国際金融資金の適用には,我が国企業の果たす役割が,その大きな条件となっているのである。IPPの枠組み作りも,このような考え方の一環である。

(3)国際金融業務予算の適用の原則論

この300億ドルの財投枠を民間企業によるアジアインフラ開発に適用するためには,厳しい条件が設けられている。この枠は,直接民間企業に融資される趣旨ではなく,あくまでプロジェクトに対する融資であるので,形態としては新しく作られる当該プロジェクト会社に融資されるか,当該政府に融資されるかの二つがある。前者の場合には,プロジェクトそのものの経済性,収益性に賭けたものであり,後者はその上に当該政府の信用を期待したものである。更にこのプロジェクト会社には,日本企業が主導的な役割を果たしていることが重要な条件である。また,融資条件は,一般会計によるODA予算が,低金利を主体としたソフトローンであるのに対し,財投枠で賄われる国際金融枠は,LIBORを基準としてそれに若干の上積みをしたものとなる。また,ODA予算は円ベースが基準で,為替リスクは当該政府が受け持つが,国際金融枠の場合はドル建てが可能で,このためにSWAPの利率割り増しが課せられる。このような過程を経たフィリッピンの最近の例では,金利が6%に達している。

(4)IPP資金調達の方程式

経済性が確認されたプロジェクトは,プロジェクト会社が設立される。この会社に対して参加企業または機関が出資するが,一般にプロジェクトコストの30%程度を目処に equity が設定される。5億ドルのプロジェクトであれば,1.5億ドルの枠でこの中で日本企業が majority である必要がある(日本企業2社以上の条件もあり)。この日本企業に対しては,出資金のための財投枠からの融資が可能である。またJBIC自身が出資者となるケースもあるが,JBIC自身がmajorityとなることは禁じられている。残り3.5億ドルのdebt 分は,財投枠からのプロジェクト会社に対する融資として賄われるが,debt の財投枠からの全額融資は一般に困難で,最大その6割程度と考えるべきだろう,すなわち2.1億ドルである。残りの1.4億ドルは,他の国際融資機関(IFC,ADBなど)か一般市中銀行が考えられる。市中銀行等の資金動員を容易にするため,通産省の貿易保険を適用することが考えられ,この場合は若干の保険料に相当する金利上積みが必要となる。


4.日本企業のIPP進出の遅れが何をもたらすか

今,ざーっと私のメモを洗ってみると,現在何らかの形で話し合いが進められているアジアの民間資金による発電プロジェクトは,バングラが約1プロジェクト,約30万KW,インドが約20プロジェクト,約2000万KW,インドネシアが約13プロジェクト,8500万KW,ラオスが約3プロジェクト,約200万KW,マレーシアが約12プロジェクト,約960万KW,ネパールが約5プロジェクト,110万KW,パキスタンが約19プロジェクト,約2000万KW,フィリッピンが約21プロジェクト,約1030万KW,タイが約7プロジェクト約900万KW,ベトナムが約7プロジェクト,約400万KWで,中国に至ってはこれらの合計の50%程度の量のIPPプロジェクトが動いている模様である。実際には殆どが円滑に進んでいないので,将来の民間開発は,必ずしも明るくないともいえるが,問題は,これらの動きにおける日本企業の影である。新聞などで目に付く欧米企業を洗ってみると,Enron,Siethe,Occidenntal,Entergy,Consolidated,GeneralElectric,EDF,RollsRoyce,CMS,MissionEnergy,ABB,Siemens,などであるが,特に国内の好景気に乗った米国企業の進出が目に付く。

日本企業にとっては,全くタイミングが悪かった。アジアのIPP活動が起こってきたころは,ちょうど日本はバブルがはじけた時期で,アジアにおける企業活動も収縮のプロセスの中にあった。(しかしこれが幸いして,アジアの経済危機に直接見舞われることなく,日本の今後有望なIPP企業は今のところ無傷である。バブル前の日本であれば,アジアのIPPプロジェクトを席巻して,今頃はその負の遺産の処置に困っていたかもしれない。)この結果,今後有望と思われるアジアの電源開発の中では,日本企業は全く主導権を持っていない。これが何を意味するのであろうか。私は,今後,20年,30年に亘る日本経済への影響を心配する。アジアの電力セクターから生まれる便益は,その殆どを欧米企業が持って行くことになる。その影響は,次代の日本人の生き残りに,じわじわと効いて来るであろう。

ある一つの成功しつつあるIPPプロジェクトを見てみると,日本企業が参加しているが,プロジェクトの主導権は米国企業である。そこでその資金調達状況を見てみると,日本の有力企業が参加したことで,JBICの国際金融の資金が大量に流れて,先方政府持ち分もカバーしている。これは融資であって資本参加ではないので,金利とともに返還されるが,プロジェクトがあげる利益は,その殆どが米国企業に持って行かれることとなり,資本参加分の少ない日本企業が,日本に持ち帰る便益は,それに比例して小さい。勿論,リスクの大部分を背負った米国企業が当然受け取るべき報酬ではあるが,リスクを小さく負った日本へのリターンは少ない。しかしこのプロジェクトを支えたのは,資金としては大部分が日本人の郵貯を財源とした財政投融資のお金である。日本全体としてはこれだけの貢献をしながら,日本企業がリスクを負えなかったために,日本人の取り得るものが小さくなってしまったわけである。

おそらく,米国の有力なIPP企業は,欧米などの先進国における電源開発も手がけていて,世界全体としての彼らのプロジェクトから見ると,アジア市場のマーケットの割合はそれほど多くないのかもしれない。だから彼らは,例えば成功率3割程度を狙って,リスクの多いアジアの電源開発にも,大きなシェアーで入ってこれるのかもしれない。日本の企業に,3割の打率が許されるのかどうか,最初から打率3割でバッターボックスに入れば良いのだけれど,日本の電力などの大企業は,やっとバッターボックスに入った清原みたいなもので,3割の打率では,国内の観衆,すなわち株主や消費者が許さないのかもしれない。将来を見据えた観客の理解が必要である。企業マインドから云えば,欧米の市場が,よりリスクも少なく,利益も多いのかも知れないが,問題は次代の日本人の生き残りである。アジアの経済成長なくして,次代の日本人の生き残り策はない。

以上



以上

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