私の主張 16

ー 電力分野の国際協力に於ける仮説の検証 ー

足立隼夫専門員退任記念講演レジメ

(2002/03/25)


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平成13年3月30日付けを以て,13年間に亘ったJICA専門員を定年により退職します。盛大に記念講演会を開いていただき,関係者に感謝しています。そのときのレジメをここに載せておきます。内容は,]電力分野関連の国際協力の場に於いて,次の3つの仮説を立て,今後の機会も含めて,その検証に努めたいと思います。一つは,世界に吹き荒れる電力セクターの分割民営化は,まずその前に電気料金の逆ざやを解消すべき,二つは,我が国ODAは,次世代日本人の生き残りのためにこそ使われるべき,三つは,30年前に台湾を捨てたときに思いをいたし中国とつきあうべき,この3点です。


1. 仮説「電気料金の逆ざやがあるところでは分割民営化は時期尚早」

カリフォルニア州の電力危機で,州政府自身が民営化の方向に疑問を示し,とりあえず送電網設備は州で買い取って次の方向性を考えようと言う,見直しの動きがある。90年代初頭に,カンボディアの電源復興の仕事に携わったが,あまりにも早く民営化の波が押し寄せて公的資金の出動場所がなく,電力セクターの将来の方向性が見えてこない。このたび,鉱調部の仕事で,電力分野に係わる知的支援に関するベースライン調査で,インド,スリランカを訪問し,更に国内に於ける討議や他の国,バングラ,ベトナム,フィリッピン,インドネシアの調査の内容を検討する機会を得た。問題は,どの国の電力セクターにも一様に吹いている,分割民営化の道で,極めて画一的な援助政策が採られている。その国によって事情が違ういので,国の特徴をよく捉えてセクター改革への支援を行うべきではないかと考えた。
電力経営の基本は,電力生産の原価と消費者への売電単価のバランスをとることである。日本の電力は,生産原価を緻密にはじき出して通産省の審査を受け,この原価に基づいて電気料金を決定してきたから,為替などの不確定要素の短期的な影響は受けるとしても,需要は地域独占であるし,安心して供給責任に集中することが出来た。最近は一部自由化の影響で今後幾分かは変わるであろうが,供給の大部分を電力会社が担っている限り,全体的な様子はそう急激には変化しないだろう。日本の電気代は高いと言われながらも,国民はこのプロセスを受け入れて,安定した良質な電気の恩恵の元に,近代的な生活を送ってきたわけである。しかし,他の発展途上国で,電気代は極めて政治的である。

1998年5月のインドネシアの政変を見ると,電気料金が如何に政治的かがよく分かる。98年4月22日には,スハルト政権は忠実にIMFの方針に従うことを誓約し,電気料金の値上げも含んで,為替で混乱する経済を何とか立ち直らせたいと努力していた。4月23日の報道を見ると,PLNは混乱する電力民営化路線は既定通り,と発表している。ところが,この電気料金改定問題で社会不安の兆しが見え,政府は慌てて5月4日には,「貧しい消費者には安価な電気料金を適用する」と急遽取り繕う,ところが,5月9日には学生や労働者が一斉に蜂起して,燃料と電気料金値上げを反対の旗印として国会に押し掛ける,この波はどうすることもできなく,5月14日には遂に外務大臣の口からスハルト大統領の辞任の意志が伝えられる,そうしてスハルトの去った6月9日には,PLNが,スハルト前大統領にリンクしたIPPプロジェクトには責任を持たない,と発言して,大きく電力民営化の線が崩れるわけである。かくの如く,電気料金は発展途上国においては,極めて政治的である。

1980年代に,世界銀行や日本の公的資金で電源開発を続けてきたインドネシアの電力セクターは,為替の激動で,生産原価と電気料金の格差が広がり,どうしようもない状態に追い込まれている。中国(98年当時で3.65セント),ラオス(同じく1.63セント),ベトナム(6.59セント)なども,明らかに政府の助けで電力セクターが生き残っているので,一般消費者は電気に対して正当な電気料金を支払っているとは思えない。これはそれでよいのである。その代わり,電力の完全民営化は無理な話で,民営化することによって電力セクターが採算をとるために電気料金を上げようとすると,インドネシアのような事態に落ち込まないとは言えない。この逆さやは,国の懐から賄われているので,言うなれば,他の重い納税者,例えば上海の産業が中国国内の電気消費者を助けている構図で,これで収まるならば,それで行けばよい,と言うことである。

比較的大きな電気料金を消費者が負担している国は,ミャンマー(23.28セント),日本(18.2セント),カンボディア(14.35セント),フィリッピン(13.32セント),バングラデシュ(13.2セント),マレーシア(10.32セント)である。この中で,日本とマレーシアは,電力消費者が十分に電力セクターの自立を支えるほど成長してきていると言えるし,ミャンマーとバングラデシュは,まだ電気が十分に大衆に行き渡っていないので,今後,電化が進むに従って,どのような反応が出てくるか,注目の必要がある。カンボディアも同様であるが,電源を大いに無償資金やソフトローンが支えたにもかかわらず,ディーゼル発電に大きく依存したために,この修正が必要となってきている。フィリッピンは料金が高止まりであるが,民衆の不満,暴動となっては顕在化してきていない。政府も,包括電気事業法案を議会の場に挙げて議論しており,それなりの努力を,一般大衆も納得しているのであろう。インドは,電力の確保が州別で,民営化も州毎に進められており,それぞれの州が問題をはらんでいる。タイはやや安め(6.91セント)だが,最近のニュースを追いかけると,じわじわとあまり目立たないように,電気料金値上げの努力が感じ取れる,それは2004年の完全民営化を睨んだもので,さすがタイである。

このように見てくると,この電力生産原価と電気料金の逆ざやという問題は,国の電力セクターの歴史によって,状況が大きく異なる。マレーシア,タイ,フィリッピンは,今後大いに,カリフォルニアの経験から供給責任という問題に留意しつつ,緩やかに規制緩和,分割民営化の線を進めると考えられ,支援する必要がある。アジアどこに行っても,まず国営電力会社の解体,売却または民営化,電源はIPPが基本,場合によっては配電部門も競争,と言う電力セクターの同じ公式を当てはめることは,間違いであることは容易に理解できる。インドネシアの逆ざや解消は容易な話ではない,従来通りのPLNの国営電力会社による強力な電力政策が必要だろう。中国,ベトナム,カンボディア,ミャンマー,ラオスに,公式通りの電力セクター改革を押しつける前提としては,逆ざやの解消をまず目指すべきだろう。インドはやはり,農業料金優先で逆ざや問題が大きく残っている。


2. 仮説「我が国ODAは次世代日本人の生き残りにこそ使われるべき」

日本のODAの中で,JICA事業が貧困救済や恵まれない分野への協力に特化されつつあるが,私は,日本のODAの真の目的は,我が国次世代の生き残り戦略の重要な手段だと考えてきたので,それをJICAの若い人と議論をするたびに強調してきた。若い人たちは,「足立さん,誰も,次世代生き残りのため,なんて言ってませんよ」と言うのであるが,最近の国際開発ジャーナルのJICA総裁の談話の中に,「次世代日本人生き残りのためのODAを」をと書かれているのを見て,大いに勇気付けられた。「外交戦略のためのツール」よりももっと踏み込んだものである。ODAの目的がはっきり説明されないから,ODAを減らせ,と言う議論になるわけで,私たちが主張するように,次世代日本人の生き残りのために,どのようにODAを使っていけばよいかを議論するならば,その意義が明確に国民に説明できるわけである。発展途上国の貧しい人々を助けるためなら,こんなに多くのお金は必要ないはずで,近い将来の日本との経済発展のためのパートナーに育って貰うためならば,どんなに多く使っても,惜しくないはずである。

電力の世界で言えば,アジアの電力は日本のODAが育ててきたものであるにもかかわらず,民営化の進展で,欧米のIPP企業がアジアの電力セクターを席巻して,日本企業参入の機会が失われつつある。と言うことは,日本の国民の税金で一生懸命育ててきた電力セクターのこれからの便益が,すべて欧米の企業に持って行かれてしまうと言うことで,このような国益にとってひどい話はない。そのために,日本の電力会社を鼓舞し,場合によっては公的資金による開発調査を入れて,出遅れた日本のIPP企業を支援していこうというのが,例えば,ラオスのナムニエップ水力の開発調査である。このプロジェクトの採択に当たっては,外務省・通産省・JICAで,慎重な協議が続けられ,長い間の関係者間の調整が行われた結果,実施に踏み切られたもので,私に言わせれば,まさしくこれは次世代日本人の生き残り作戦の重要な一環であるのだが。

通産大臣の諮問機関としての産業構造審議会のうち,経済協力部会が,平成8年(1996年)2月5日に,その中間報告書を発表した。その趣旨は,当時目覚ましい経済発展を遂げていた東南アジア諸国の経済インフラ整備については,公的資金のみでその需要を満たすことは難しく,民間活力の活用が不可欠であるというのが,要旨であり,民間の構造改革をも示唆した,意欲的な内容であった。この産構審経協部会の結論を受けて,全国の電力・ガス会社の幹部が召集され,産構審の報告書に,今後民間会社が如何に対応すべきかについて,議論がなされた。結論の一つは,国内需要家に対して電気料金等の責務を負わされているこれらの民間会社が,アジアのインフラ整備に乗り出すには若干のリスクがあり,公的資金による開発調査等の支援が必要,と言うものであった。

ナムニエップの要請は,平成8年11月に,ラオス政府より発出された。外務省,JICAとも,どちらかといえば,採択に慎重で,平成9年3月5日に,要請側であるラオス政府幹部が鉱調部を訪問し,その実施を強く迫った際も, 当時の細谷鉱調部長は,むしろ拒絶に近い対応が行われた。当時,日本の電力会社の海外への動きは鈍く,東南アジア周辺での日本企業によるIPPが動き出す気配は,殆どなかった。メコン川周辺での水力に対する他国の民間資金の動きは活発を極め,メコン周辺での有力地点は殆ど他の国によって押さえられ,最後の有力地点として残っているものがナムニエップである,との認識が,民間側にも焦りをもたらせていた。当時一部民間側より,公的資金による開発調査が先行できるならば,民間によるナムニエップの開発を考えてみたい,との申し出あり,民間資金動員の可能性を察知した当時の通産省技協課は,その最後のチャンスと考え,採択に向けて動き始めた。

「環境調査を先行させる方向で採択すべし」との一部意見を受けて,当時通産技協課の広田課長は,鉱調部に於ける対処方針会議に臨み,細谷部長以下外務省担当者との激論の末,ナムニエップに関する課長一任を取り付けて,ラオス側との折衝に当たり,平成10年2月に開発調査の実施に正式に両政府が合意した。

このプロジェクトは,現時点に於いては,その経済性からもまた地域の情勢から見ても,実現にはまだ幾多の問題点が前途に横たわっているが,その深い象徴的な意味を理解し,進めるべきだと考えている。今後,電力分野の海外進出の主流となるべき日本の電力会社は,海外経験において,欧米の企業に遙かに後れをとっている。しかし,タイ,フィリッピン,ラオス,ベトナム,ミャンマーなどに於いては,その果敢な奮闘ぶりが伝えられている。豊富な人材が海外進出で大きく飛躍する日も,そんなに遠くないであろう。また,次世代が生きて行くための海外資産形成の一環として,ODAの果たす役割は大きい。


3.仮説 「台湾を捨てたときに思いをいたし中国とつきあうべき」

30年前に台湾との国交を絶って中国との交渉を始めたとき,そのようなことをしてよいのだろうか,と思った。その後の中国との国際協力の場で,特に昨今,中国への援助に関して批判が多いが,もう少し冷静に考えるべきである。私も華北や雲南で開発調査の交渉に当たってきたが,先方の考え方には付いていくのが大変である。しかし,何故日本がこのような状態の中で中国を支援して行かねばならないのか,それは我が国のGDPの25%を越す中国の経済の大きさであると思うが,もっとも,我慢しろ,と言うのではなくて,中国の悠久の歴史に思いをはせながら,畏敬の念を持って交渉に当たる心の余裕が欲しい。

雲南省との折衝で困難な問題が発生し,深く責任を感じている。

メコン流域の開発問題やアジア開発銀行の主導する「汎メコン経済圏」の経済協力に関しては,既に我が国が重要な役割を果たしつつあり,今後,アジア経済の正常化に伴って,好むと好まざるに拘わらず,更なる協力を期待される立場にある。これらの地域開発の核はメコン川の水資源開発に対する姿勢であり,メコン川全体を把握する立場になければ,いたずらに断片的なプロジェクトへの協力を求められて,我が国本来のメコン開発に対する環境等の基本的な考え方に基づく協力が難しくなる。「汎メコン経済圏」に属するタイ,ラオス,ベトナム,カンボディアの4カ国については,既に我が国が主導的な立場に立って協力を続けており,今後とも我が国の意志が十分反映された援助が続けられると思うが,他のミャンマー,中国雲南省については,遺憾ながら情報も十分でなく,特に雲南省当局が如何なる方針に基づいて下流国,特にミャンマー,ラオス,タイと協力して開発を進めているか,官民とも十分に状況を把握できる立場にない。

特に,雲南省のミャンマーのシッタン川に対する協力,メコン上流のランサン川に於ける大朝山水力,景洪水力等のタイとの開発協力の状況,雲南省からラオス,ミャンマーに通ずる交通網の建設,メコンの水利を制する小湾計画の進捗等については,我が国は全くツンボ桟敷の状況である。しかしこれらの開発計画については,ある時点で我が国の積極的な関与を求められることは明らかであり,常にそれらの開発の状況を把握してその時に対処する心構えが必要と考える。確かに中国に於ける開発調査は,先方の情報の提供や資金分担に対する先方の理不尽な要求など,耐え難き問題があるが,特にメコン下流国との国際的な接点を有する雲南省については,具体的な案件を通して接触を保ち,地域の開発のための考え方を共有するよう努力することが,最終的には我が国の地域に対する開発協力の全体的な効率化に資するものと考え,機会があれば,それを逃すことなく出て行くべきと考える。

以上


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