私の主張 17

ー 私の技術的知見とODA電力分野の開発調査との接点 ー
[プレゼンテーション内容]

足立隼夫専門員退任(鉱工業調査部)記念講演レジメ

(2002/04/01)


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私のJICA専門員退職に当たり,鉱工業調査部が,実に2時間の講演の機会を与えて下さいました。テーマーは,主として水力関連の開発調査の手法に関係したもので,私も張り切ってやらせていただきました。大竹資源調査課長の,「足立さん,最後に全部吐き出しておかなければ,健康に良くないだろう」の言葉にあるように,幹部を交えての講演会で,すっきりして次の仕事に就かせていただきます。全部で,大小交えて30項目を取り上げましたが,最後の3項目は,JICA全体の記念講演に使わせていただいたものです。プレゼンテーションに使用した内容も載せています,図表など,少し重いですが,我慢して下さい。

「専門」とは水の波紋のようなもの,中心はまさしく自分そのものであるが,弱くなりながらも波紋は無限に広がって行くものだと思います。JICAのプロジェクトに参加する場合も,自分の専門の波紋の中心にそのプロジェクトが位置することは,一般には非常に難しい問題です。しかし,私の場合は,この13年間の仕事は,少なくとも資調課との関係に於いては,殆ど波紋の中心にあった,と言っても差し支えないと思います。出来るだけ波紋の中心から話をはじめさせていただきます。



(1) 我々の年代は揚水発電所の時代,そこから多くを学んだ

昭和34年は黒四の最盛期で,世の中は水力開発が電源の主流であったが,既に日本の水力包蔵には陰りが見られ,昭和39年以降高度成長の最盛期を迎えて,仕事の中心は揚水発電所のプロジェクト形成に移って行った。大規模純揚水のプロジェクトを幾つか仕上げて,その経験を中心に海外の仕事に移り,JICAに入って早い時期にタイのラムタコン揚水を扱い,続いて中国の十三稜,インドのマハラシュトラ,中国北東部の紅石,更には東電伊東専門家が押すベトナムの揚水,と考えてみれば多くの揚水案件を扱うこととなった。技術的には多くを学んだが,揚水発電所は基本的にはエネルギー生産ではなく,高度経済成長期の緊急の対応策,と考えるべきであろう。これに多くの期待をかける方向には,なじめない。

(2) 揚水発電所の生命は,落差と可能発電継続時間である

揚水発電所の計画で学んだものは,むしろ系統との関係で,比較的地点特性そのもので勝負できる一般水力に比べれば,系統の事情をよく考えなければ進められないところがポイントだ。まずKW当たりの建設費が安くなければならない,このためには落差が大きくて二つのダムの距離が短いことが重要だ。それに池の大きさをどのようにとるかが問題である。タイのラムタコン揚水では,私が問題にしたのは上部の池が小さすぎると言うことであった。4時間はあまりにも刹那的,バンコクの夜の需要だけを考えたもので,耐用年数50年の揚水発電所としては,不満,EGATとの間で大きな議論を呼ぶことになる。これは中国の十三稜でも議論したが,系統上の検討をさせてくれ,と言う当方の主張に対し先方は大いに反論した。

(3) 水力の包蔵が多く残されている場合は,揚水発電所の出る幕はない

インドのマハラシュトラに何故揚水が必要となったのか,一般水力の素材が不足してきたからである。石炭火力が主流となってきてピーク供給力が不足するが,それに対応する水力地点がない,面白かったのは,木を切ることが環境上不可能になってきて,一般水力では出力当たりの池面積が多く必要だが,揚水では少なくてすむ,という言い方が出てきた。また,日本で揚水が出てきた昭和39年は,もうこれ以上国内の水力開発は不可能,と言う情勢の上であったし,タイのラムタコン揚水も,タイ国内での水力開発はこれ以上不可能,と言う前提であった。JBICの進めるジャワ島の揚水もしかり,しかし中国は少し違い,広大な国土の中での局部的な調整を意図している。そこで問題はベトナムに今の時点で揚水が必要かどうか,と言う問題で,ベトナム側との意見調整の機会が欲しい。

(4) プロジェクトの経済性,肌で感ずる,これがプロジェクトエンジニアーの必須条件

揚水発電所の経済性の考え方ははなはだ特殊で,系統経済の全体を考えて行かなければならない,即ち,系統の中での揚水の WITH/WITHOUT による系統全体の経費を比較することになる。これは揚水が系統の経済に与える影響が極めて大きいから可能なのである。これに比べて一般水力の場合は,最終的には系統経済全体の問題ではあるが,系統全体に与える影響が微少で判定が難しい場合には簡便法が使われてきた。もっとも注意する必要のあるのは,「B/C概念」と「B-C概念」の違いである。系統経費全体を比較したり,年経費と年間便益の差,B-Cを考える場合は,明らかに「B-C概念」で,どのような方法を使っても結論は一致しなければならない,これに対して,年経費と年間便益の商B/C,IRR,KWh当たり単価などは「B/C概念」である。一つのプロジェクトのサイズを最適化する場合は「B-C概念」で,多くのプロジェクトから優先順位を選ぶ場合は「B/C概念」で,という基本に合意できるだろうか。

(5) 便益に何を持ってくるかの判定が,プロジェクトエンジニアーの死命を制する

「物の価値」はそのものと同じ機能を持つ代替案の中でもっとも安い物の値段で決まる,と言う原点に立ち返りたい。これは言い換えれば WITH/WITHOUT の精神であるが,水力発電の場合は比較的簡単に代替火力を選んで決まる。しかしバラエティに富んだJICAのプロジェクトの中では,大いに吟味を必要とする場合がある。鉱調部で扱う送電線プロジェクトや農村電化,再生可能エネルギーのプロジェクトなどは難しいので,もっとも安い代替手段の値段,と言う原点に立ち返りたい。モロッコのハウズ農村電化プロジェクトでは,まず全域に亘って最適なディーゼル発電所の配置計画を策定するよう指導した,他の手段にはいろいろな条件が付くが,ディーゼルはどこでも採用できる一般的な手段であるからである。コンサルタントが私の趣旨を完全に把握したかどうか,結果において疑問が残るが,このディーゼル最適案に対して,小水力,太陽光発電,風力がどうなるか調べて,経済性を出すのである。現在推進中の各国の再生可能プロジェクトや送電線プロジェクトでためして欲しい。

(6) 経済分析と財務分析の,エンジニアー的な理解と応用

捉えるシステムの大きさ,と理解するのも一つの方法である。世界のシステム全体から見て経済的であるが,このプロジェクトを実際に経営する当事者にとっては問題がある,と言うケースにはよく遭遇する。ダムの場合,発電,灌漑,上水道,洪水調節,その他の副次効果すべてをお金の価値になおしてこれを便益として考え,経済性を出すが,洪水調節やその他の副次効果は,効果はあるものの,このためにお金を出す人がいない,と言うケースはよくあり,この場合は財務分析の便益対象に入れない。また,電力の便益は,電力会社の中では火力代替を経済,財務分析とも適用するが,第3者に引き取って貰う場合は,財務分析の便益は売電単価になる。タイへの輸出を目指しているナムニエップの評価では,経済性でタイの天然ガス発電所と比較し,財務で予想される売電単価と比較している。タイが建設しようとしているガス発電所をナムニエップによって節約できる,と言う趣旨が経済分析の考え方である。

(7) 無償プロジェクトの中で経済性と財務性がどのように考えられているか

この点をコンサルタントに質問すると,外務省ではこれをやらなくても良いことになっているから,足立さん黙れ,必要性は定性的な総合判断だ,と言われる。よく分からないまま12年間過ごしてきたが,経済性は成り立つが財務的に成り立たないので無償協力を行う,と言う言い方は駄目なのか。経済性以外に協力すべき要素があることは分かるが,どのくらい経済性では成り立たないのか,は計算しておくべきだろう,それを知った上での政策的な無償協力で,何も計算しないというのは間違いだろう。アジアの各地を回ると旧ソ連のプロジェクトに遭遇する,ベトナムのホアビン水力発電所などは,相当過大な先行投資を伴って建設されたものだが,ベトナムとの政治的な配慮から支援されたものだろう,それを世界各地で繰り返したので,財政的に破綻の一因になった,と言う考え方は間違いか。

(8) ホアビンの近くのソンラ,ダムの高さで紛糾,ダム高は注意が必要

ダムの高さは政策的に決まる,と思われるケースが多い。だから,コンサルタントは先入観を持ってのぞみ,その最適化計算において判断を誤るケースによく遭遇した。最大はソンラのケースで,ベトナムは高いダムで250万KWを越す開発を示唆してきたが,コンサルタントはダム高を低くして経済的に最適と報告した。明らかにコンサルタントの誤りで,経済性の面ではダム高は高くなければならない。他の環境的な要素や地質的な要素で勝負すべきで,経済性で勝負したために,先方との議論を誤った。ムンダのダム高200mは経済性重視であるが,ドンナイ4は政策的判断を優先した。一般的には経済的に最適なダム高は山がある限り無限と考えて対処すべきで,それをどの高さで納めたか,政策的な判断を議論の対象とすべきだ。普通は,水没人口への配慮や池上流端での環境問題,ダムサイトの地質問題,などがダムの高さを決めるケースが多い。

(9) 水系一貫の考え方,どのような水力プロジェクトでも,検討は欠かせない

ダムの高さは,一般にはその地点だけの判断では決まらず,水系全体の中での配置を検討する必要がある,これが水系一貫開発計画の策定である。ダムの開発調査の中では必ず最初に約3ヶ月の予備的検討の期間を設けて,この間に対象ダムプロジェクトのみならず,水系全体の検討をさせてきた。前述のダムの高さなどはこの水系一貫の検討と密接に関係してくる。それは,一つの落差を二つに分けて2段開発を行うとかの代替案が生まれる可能性があるからである。エルサルバドルのトロラ川,金沙江の金安橋,ドンナイ川のドンナイ4,トルコのチョルフ川,ブータンのプナチャンチュー,などがその典型である。

(10) 最初の3ヶ月で,既存の情報の枠内で,予備的な全体計画を策定させる

開発調査のこの最初の3ヶ月に多くの注文がある。第一は上の水系一貫であり,第二といわれれば多くの仮定の上に立った最初の予備的な全体計画の策定であろう。発電計画というのはいろいろな段階あり,5万分の一だけで行うもの,現地を知ってから行うもの,航空写真図化された地図の上で行われるもの,現地で十分の調査工事を実施してから行うもの,すべての段階でその時点での計画と経済性があるのである。最初の段階では5万の一だけでも全体計画を策定し,現地踏査の焦点,現地調査工事の焦点を定めるのである。これに徹底的に抵抗したのが日本工営,ナムニエップの荒木さん,彼はその検討を最初の報告書に盛り込むことに反対した。JICAに不必要な先入観を与えたくない,と言うのである。コンサルタントもさることながら,JICAも,例えばダムを低くすればどうなるか,などの予備的な知識なくしてプロジェクト監理は出来いないのである,そうして,どの段階でも,例え地図が皆無でも,それなりの計画は出来るのである,私がミャンマーの麻薬地区でやったように。

(11)開発調査の成果は机上検討にあらず,現地で如何に情報を集めたか,これが命

報告書をポンと机の上に置かれたとき,我々はどこを見るか,彼らが机の上でやった計算や文章ではなく,現地で行われた地質調査の量と質,地形図の程度,更には水文資料の精度,更に最近では環境に関する現地調査の量と質である。私に言わせれば,計算や紙に書いた検討は,人間さえかければ一夜にして改変可能である,しかし,地質や地形などの現地調査の成果は,時間が重要な要素である。JICAの実施した開発調査の報告書で,例えば世界銀行が融資する場合,必ずボーリングが何本入っていてかが問題となる。このような意味から,率直に言って,JICAの開発調査の枠組みはマンマンス重視の傾向が強く,現地調査工事に関する量がやや薄いと見受けられる,本格的ダムプロジェクトの場合は,今の4,5本のボーリングの標準数量から,20本以上に数を増やすことが望ましい。

(12)環境調査,それは実施の可否でなく,対策費の適正な見積もりが重要

環境に関する調査の結果は,プロジェクト実施の可否を問うケースが多いが,開発調査の過程の中では,環境対策費の算出に重点を置くべきである。環境やさんとプロジェクトリーダーの密接な協力がここでものを言う。過去に悲惨な経験がある。やっと報告書をまとめて報告会に出る,報告書は各専門家が書いたもので時間がなくコンパイルして報告する,ところが環境やさんは事細かに必要な対策費を算出したが,別途にプロジェクト費用を見積もったエンジニアーはこの報告書を全然見ていない,この環境対策費はプロジェクトコストのどの項目に入っているのか,と質問されても応えられない。環境やさんも,必ずしも環境対策上の費用を積算するという覚悟が出来ていない場合も多い。

(13)環境対策費,その最たるものは地域の開発に関するもの

我が国の河川開発の歴史の中で誇るべきものは,水源地域対策特別措置法であり,これを受けた電源三法である。電力会社が我がもの顔に開発してきた日本の河川,黒部川,木曽川など,この反省から当時の建設省は水源地域への貢献を掲げて水特法を提案した,昭和40年初頭だ。それまでの地元用の費用はあくまで補償,それはプロジェクトによって失われるものを元に戻すだけの考え方,過度な補償を行うことは電気事業法違反であったような気がする。これに対する水特法は,全く新しい考え方で,水源地元或いは電源地元は,ダム計画によって得られる便益の分け前を受けるべきである,と言う全く新しい考え方で,新鮮ではあったが,電力会社には大きな衝撃で,まだガリ版刷りに近い法律の原案を,頭を寄せ合って研究したものである。今度の世界ダム委員会のポイントはこの点だと考えられる。これは既に日本が法律化して30年も前から実施してきたアイディアで,この際大いに喧伝すべきである。

(14) 案件選定で水力と火力の開発調査はどのように考えるべきか

中国天安門事件後の電力ミッション,ベトナム制裁解除直後の電力ミッション,これらは当時のOECFとの合同で,先方要請案件をどのように選別し,またJICAの役割をその中でどのように介入させるか,重要なミッションであった。このときみなさんが迷ったのは火力プロジェクトの取り扱いであった,わざわざJICAの開発調査を投入する必要があるかどうかであった。ここで,水力と火力の特質が団内で議論され,一つの見方は,水力はエネルギーを直接生み出すのでその開発手段について予め開発調査で吟味する必要があるが,火力の場合は建物の立地よりもむしろエネルギー源である石炭,重油,ガスのポテンシャルが問題で,これらの点について改めてJICAが介入する予知はなかろう,というのが大勢で,中国の九江火力,ベトナムのファライ,フーミーなどが,JICA開発の対象から外され,OECFが直接支援することに決定した経緯がある。この精神は,今後とも案件選定において,よほど特殊な火力地点の立地条件でない限り,考慮されて良い点であろう。

(15)ラオス,水力民間開発の流れの中の我が国電力セクターの立場

ナムグム以来,我が国のリーダーシップによって育ってきたラオスの電力セクターも,これから大きな便益を得ようと言う段階で,ナムテン川に於ける開発調査の敗退と我が国国内の景気後退で,殆どの開発の主導権を北欧や豪州の電力セクターにその主導権を譲った。1998年の国内の電力企業に対する規制緩和によって,再びその機会は訪れたが,時期が遅く,わずかに,ナムニエップの公的資金による開発調査が,日本の電力セクターの再起に繋がるかどうか,一縷の望みを残しており微妙な段階にある。次の20年,30年の我が国次世代生き残りのためには,今重要な段階にさしかかっている。今後は,タイが2004年を目指して電力セクターの完全民営化を進めるために鋭意進めている電力料金の漸次値上げの成り行きと,予想される電源立地の行き詰まりが,一つのポイントとなり,タイミングを図りながら,ナムニの開発調査を進める必要がある。

(16)ラオス,ナムテン2の今後の流れ

ナムテン2は,域内でその経済性において際だっており,ラオスにとっては何ものにも代え難い宝,ということでその推進が図られている。環境問題にある程度の見通しが付き,タイとの買電の見通しも付いたかに見えるが,実際今後の最大の問題は資金調達であろう,まだ一波乱もふた波乱も考えられる情勢である。開発の主導権も,オーストラリア勢からEDFを中心としたフランス勢に移る可能性もあり,世銀の動きとともに,関心を持って見守るべきだ。当初,24時間運転で60万KWでスタートした設備出力も,タイの最近の需要形態の変化を考えて15時間運転90万KWに変更したが,私の予測によると,早晩タイは8時間運転を求めてくるはずであり,設備出力も200万KW近い極めて大規模な開発が可能となるものと思われる。このときの資金問題であるが,私は世銀は最終的には逃げると思う。このアジア地域での資金源を考えると,日本の財投以外にこれを助け得るものはない。その場合に重要な条件は,日本企業の枠組みが,円滑に構成されるかどうか,と言うことである。

(17)メコン上流中国のダム開発とラオスの関係

メコンの上流ランチャン川ではダム開発が進んでいる。既開発の漫湾,工事中の大朝山などは殆ど下流には影響を与えないが(一部ピーク発電の影響を騒いでいるグループがあるが,これは間違いで,季節調整と日調整の違いを混同している結果である),2008年にも運転開始したいとしている小湾計画は,下流に大きな影響を与える。基本的には,ビエンチャンの前の現渇水量毎秒800トンを,1500トンに引き上げる顕著なプラスの影響が期待されるが,一方で,ビエンチャンの前30万平方kmの流砂量のうち,その半分以上の上流15万平方kmの流砂の殆どを遮断する。これは何に影響が出てくるか,ビエンチャン上流河岸の浸食である。今でもこの地区は浸食に悩まされており,付近の住民は,毎年削られて行く河岸を眺めながら,不安な生活を送っている。中国の小湾計画は,一時日本からの援助を求めてきていたが,下流国との調整を要求した日本側への回答はなされず,中国は,独自の力で開発することを決心したかに見える。もし出来るならば,渇水量の増大や発電の便益で大いに支援すべきと思うが,ビエンチャン河岸の浸食に対しては,その防御手段を要求してよい。それは,土砂のバランスを保つための,ビエンチャン下流の堰の構築であるが,背水の影響を考えての堤防の構築や,東北タイへの導水手段の確立など,技術的に高度な内容を含んだ対策であり,今から研究しておく必要があろう。

(18)ラオス,日本との係わりにおけるボロベン高原の価値

岸首相の時代に,ラオス政府は,日本人の能力を高く評価した上で,ボロベン高原への日本人移民を提案してきた。当時真剣に両国の間で話し合われた記録が残っている。その後,1988年にセカタムの開発調査が行われて電発インターナショナルが現地に入ったが,無償に繋がらず,縁が切れてしまったのが残念である。1988年以来私は現地に入っていないが,最近はADB支援による道路の改良が進んでいるとのこと,更には韓国や台湾の民間資本による水力の開発も進んでおり,状況は一変していると思われる。しかしあの高原は,標高が800mで,ベトナムの中央高原(500m)よりも高く,そういう点では特殊な高原換金作物をバンコクへ供給することが可能であり,高原という形でインドシナ半島唯一の農業好適地である。日本の農業セクターにも再三示唆してきたが,日本主導という意味では動いていないと思う。「日本の次世代生き残り」と言うテーマーに於いては格好の地であり,資金繰りに苦慮している韓国や台湾のIPP企業との提携も視野に入れつつ,多分野セクターのミッションを派遣してみる価値はある。

(19)ラオス,電力セクターに於ける人的資源の育成

今,プロ技によって電力セクターの基準造りが順調に進んでおり,大いに今後の更なる両国電力セクターの連携が期待されるところである。私がこのプロ技のプロ形に携わった頃は,最大のテーマーは,IPPによって進められる水力開発から,いかにしてラオスの国土を守るか,と言う観点からで,IPP企業に,環境保護は勿論,更に進めて一定の地域開発への貢献を求めようと言う趣旨であった。このプロ技が,ラオスにとっても極めて新しい経験であったことと,このプロ技に予定されていた日本の電力企業も,規制緩和を受けて初めての出動であり,このプロ技に限っては技術的基準の作成にとどめよう,と言う慎重な意見でまとまったものである。ある程度現在の基準造りに目処が立ったところで,本来の目的である,IPP開発からいかにして国土を守るか,の観点による法制度造りの問題が再燃してしかるべきである。日本も過去に,電力企業に蹂躙された国土を守るために,電源三法を定めて保全に努めた歴史があり,更にはこれは,電力開発による便益の地元還元への精神にも繋がる問題で,今後に期待したい。

(20)ラオス,農村電化を進める上での基本は住民把握

一般に,農村電化を進めるときに,太陽光発電で行くとか,小水力で行くとか,手段が先に前面に出てしまうことに,常に懸念を持っていた。農村電化の基本は,住民分布の把握とその電力ニーズにある,と言うことは誰でも分かることだが,何故か皆そこから入らない。今回,ラオスの送電線のマスタープランの形成に参加できたために,この私の考えていたことを,大いに主張させていただいた。電発の悪い友達は,「足立さんはラオスのセンサスをやる積もりらしい」と悪口を言ったらしい。しかし,今回のコンサルタント団員の構成を見ても,果たしてみなさん,私の主張を理解しているのかどうか,不安になる。とにかく村単位ですべての人口を把握する,無電化村には,地域で最適のディーゼル発電網(代替手段としてもっとも安くどこでも実現可能な手段)の計画を作成してこの経済性をベースケースとする,これに対して,太陽光が代替として良いのか,小水力か,はたまた送電線の延長か,を経済的に吟味して行くのである。このときに,再生可能であるからディーゼルよりは2倍ぐらいまで高くてもよい,というような国の政策がなければならない。そうしてこのときしっかり国で費用を分担する覚悟がなければならない。

(21)プロジェクト費用の分担に関する基本的な考え方

農村電化に持続性を求めるのは,正しくないと思う。昨年のADBのチェンマイ総会で,ADBの方針に反対する東北タイの農民が騒いだ事件は記憶に新しい。これは,従来農民から水代を取っていなかったタイ政府が,ADBの原則論,即ち,農業ローンの条件として水代を農民から取れと強要したことに政府が反応し農民が反発したわけである。バンコク市民の税金でこの水代を肩代わりして丸く収まっていた自然の貧富の平準化の流れに棹さしたわけである。これと同じ誤りを,我々も各地で繰り返している。病院の建物を造って挙げたから運営は自分でやりなさい,という類で,ラオスのある農村で,今までお金なんかいらなかったのに,日本が病院を作ってくれたためにお金がいるようになった,と言う不満である。自立性,持続性を求めるためには,求めるシステムの大きさを,まず規定する必要がある。日本のように個々の経済の自立性が高い国でも,東京の市民の税金で,北海道開発庁や沖縄開発庁に税金を回すことに,東京の市民は何も不平を言わない。それは,個々の国民の心の中で自立性のシステムの大きさを日本国と言う大きさに規定したためである。IPP水力でラオス政府が得たお金で,農村電化の維持費を中央政府が支払ってくれるならば,ドナー側は何も文句を言うことはない,もし,日本人の心の中に,沖縄開発庁もなくなったことだし,ここで「ラオス開発庁」と言う考え方が生まれるならば,すべて日本が支えて挙げても日本国民は不平を言わなくて良いわけである。

(22) カンボディア,復旧を終わったプノンペン電力,次の課題は電気料金

10万KWまでプノンペンの電力が回復して落ち着いてきた。しかし,すべてが緊急措置で開発が行われたため,建設は早いが燃料費の高いディーゼルなどの緊急的な電源ばかりとなってしまった。このために,プノンペンの電気代は極めて高く自家発電の割合が高い。今後の期待される経済成長に対処するためには,どのようにして安価な電源に置き換えて行くかが,大きな課題である。この時点で開発が期待されているキリロム,カムチャイ,プレクトノットなどには,再度検討されなければならない点がある。水力は最初の建設費が必要であるが,これを克服し有利な条件で返済の見込みが付くならば,カレントコストにおいて負担がかからず,魅力がある。唯一の海港であるシハヌークビルの火力,これは燃料をどうするかの問題があるが燃料の輸送を考えると,近い将来,どうしても必要となる代替案であろう。ベトナム,ラオスからの電力輸入が問題となっている。いずれも高いプノンペンの電力料金に目を付けたものである。

(23) カンボディア,キリロムは既存のダムの処置に問題あり,我が国無償は苦しい

92年に最初に現地を訪ねて確認したプロジェクトである。発電所は完全に破壊されているにもかかわらず,ダムは生き残って満々たる青い水を湛えていた。カンボディア側は早期の修復を望んだが,問題はダムの安全性と修復の方法であった。あのダムをそのままで水路発電所を復旧することには,とても日本のダム技術者が納得しないであろう,と言うのが私の第1印象。ダム本体がどの程度の修理をしなければならないか,或いは補強しなければならないかが,はなはだ不透明であった。それに,どうしても貯水池の水を抜いての工事が必要であるが,この水を抜くためには,誰かが小さいトンネルを入っていってバルブを開けるか(これは危険で出来ない,決死の特攻隊になる),火薬を張り付けてくる,火薬を張り付けることは簡単だが,爆発によって場合によってはダムが崩壊する可能性も考えなければならない。とても日本のODAでは無理なので,ここは中国などに頼みたいところである。結果的に中国が修復を申し出た。巧妙な日中のODAスワップである。

(24)カンボディア,カムチャイは経済性を求めるために公的資金が必要なところ

最初のベース的な発電所として期待されるが,流域面積が700平方kmでダム式開発,と言うのは民間開発としては苦しい。何とか公的資金が欲しいところだが,我が国としては治安の問題などがあって,今すぐ手が出せないのが問題である。この開発では,将来的に,シハヌークの火力をベース,カムチャイ水力を昼間負荷負担,プノンペンの既設ディーゼルを予備力またはピーク供給力,として考えることが重要である。供給力が過剰となる,と言う懸念は不要,既設プノンペンの燃料費の高価な発電所から,リタイアまたは予備力に回って行く,と言う割り切りが必要である,そうしなければ本当の意味でのカンボディアの経済発展はあり得ない。このダムは灌漑やカンポットの生活用水と協力が可能なので,将来の発展の核として協力すべき地点であろう。

(25) カンボディア,プレクトノットは流域内に代案を考えるべきではないか

1970年代のプレクトノット計画は非常に時宜に合っていた,それは米の値段が今の倍ぐらいで,しかも6万ヘクタールの広大な灌漑が期待されたからである。しかし,カンボディア政府は,工事途中でポルポトの攻撃にあって中断しただけに,平和回復のシンボルとして,工事再開を強く望んでいる。池の環境問題だが,当時の報告書を見ても,貯水池の中の環境調査が行われた形跡は全くない。和平回復後,幾度かメコン委員会が環境調査を行うことを考えたが,治安の問題もあり,果たされていない。今後再開の可能性を探るとすれば,池の環境調査を独自に行う必要があろう。今となれば,この池の大きな目的は,毎年悩まされる洪水対策としてのダムであり,この意味では,上流に幾つかのダムサイトを考えて見るなど,流域内の環境と代替ダムサイトの形成を目的に,調査団を派遣することが考えられる。発電は18MWが想定されていたが,農業主導で運用が難しく,洪水及び農業占用のダムとなってもやむを得ない。

(26) カンボディア,シハヌークビルの電源は中規模本格火力であること

現在シハヌークビルの開発調査が進んでいるが,コンサルタントがその開発の意味を完全に理解しているかどうかには疑問がある。もし,ローカルな電源が期待されたならばJICAの開発調査を必要としなかったであろうし,近くに適切な燃料源があるならば,これもわざわざ開発調査を入れる必要はなかったと考えられる。何故開発調査が必要であったか,それは中規模火力としての燃料について全く予想が付かなかったからである。そういう意味では,JICAでなくて他の事業団の仕事だったかも知れないが,一旦開発調査を入れたからには,この点に注目して調査を行う必要がある。もうこれ以上の高い燃料費の発電所はゴメンである。だから,重油,石炭,ガスなどを燃料とした中規模火力で,プノンペンの需要のベースを安価な燃料費で負担するものでなけれなならない。ガスがどこまで現実性があるのか,石炭を焚くためにはどこまでのインフラが必要で,港のプロジェクトとどのように協調して行けるのか,が現時点に於けるポイントである。

(27) カンボディア,ベトナムからの電力輸入,地域との連携から考えざるを得ないだろう

メコンデルタのベトナム,オモン石油火力からの電力輸入の考え方は,シハヌークビルに重油火力を建設する代案として考えて良い案である。言うなれば,カンボディアもベトナムデルタも,独力で中規模火力を作るには時期尚早で,ここで共同して中規模火力を開発する,といういわば手順を変えたうち手だ,と言うことが出来る。送電線新設の問題もあるが,ここで重要な点は,プノンペンの高い燃料費を薄めるために輸入するのだ,と言う点を,カンボディア側は忘れるべきでない。ラオスのスリボン大臣は,タイへの売電を叩かれ,それに比べてカンボディアは電気料金が高いのでむしろカンボディアに売ることも考えてみたい,と言っているように,隣のベトナムもラオスも,プノンペンの高い電気代に目を付けているのである。しかし,カンボディアにとって電力輸入の目的は,安くないと意味はない,ということに留意して,厳しい買電交渉を行う必要がある。

(28)仮説「電気料金の逆ざやがあるところでは分割民営化は時期尚早」

カリフォルニア州の電力危機で,州政府自身が民営化の方向に疑問を示し,とりあえず送電網設備は州で買い取って次の方向性を考えようと言う,見直しの動きがある。90年代初頭に,カンボディアの電源復興の仕事に携わったが,あまりにも早く民営化の波が押し寄せて公的資金の出動場所がなく,電力セクターの将来の方向性が見えてこない。このたび,鉱調部の仕事で,電力分野に係わる知的支援に関するベースライン調査で,インド,スリランカを訪問し,更に国内に於ける討議や他の国,バングラ,ベトナム,フィリッピン,インドネシアの調査の内容を検討する機会を得た。問題は,どの国の電力セクターにも一様に吹いている,分割民営化の道で,極めて画一的な援助政策が採られている。その国によって事情が違ういので,国の特徴をよく捉えてセクター改革への支援を行うべきではないかと考えた。
電力経営の基本は,電力生産の原価と消費者への売電単価のバランスをとることである。日本の電力は,生産原価を緻密にはじき出して通産省の審査を受け,この原価に基づいて電気料金を決定してきたから,為替などの不確定要素の短期的な影響は受けるとしても,需要は地域独占であるし,安心して供給責任に集中することが出来た。最近は一部自由化の影響で今後幾分かは変わるであろうが,供給の大部分を電力会社が担っている限り,全体的な様子はそう急激には変化しないだろう。日本の電気代は高いと言われながらも,国民はこのプロセスを受け入れて,安定した良質な電気の恩恵の元に,近代的な生活を送ってきたわけである。しかし,他の発展途上国で,電気代は極めて政治的である。

1998年5月のインドネシアの政変を見ると,電気料金が如何に政治的かがよく分かる。98年4月22日には,スハルト政権は忠実にIMFの方針に従うことを誓約し,電気料金の値上げも含んで,為替で混乱する経済を何とか立ち直らせたいと努力していた。4月23日の報道を見ると,PLNは混乱する電力民営化路線は既定通り,と発表している。ところが,この電気料金改定問題で社会不安の兆しが見え,政府は慌てて5月4日には,「貧しい消費者には安価な電気料金を適用する」と急遽取り繕う,ところが,5月9日には学生や労働者が一斉に蜂起して,燃料と電気料金値上げを反対の旗印として国会に押し掛ける,この波はどうすることもできなく,5月14日には遂に外務大臣の口からスハルト大統領の辞任の意志が伝えられる,そうしてスハルトの去った6月9日には,PLNが,スハルト前大統領にリンクしたIPPプロジェクトには責任を持たない,と発言して,大きく電力民営化の線が崩れるわけである。かくの如く,電気料金は発展途上国においては,極めて政治的である。

1980年代に,世界銀行や日本の公的資金で電源開発を続けてきたインドネシアの電力セクターは,為替の激動で,生産原価と電気料金の格差が広がり,どうしようもない状態に追い込まれている。中国(98年当時で3.65セント),ラオス(同じく1.63セント),ベトナム(6.59セント)なども,明らかに政府の助けで電力セクターが生き残っているので,一般消費者は電気に対して正当な電気料金を支払っているとは思えない。これはそれでよいのである。その代わり,電力の完全民営化は無理な話で,民営化することによって電力セクターが採算をとるために電気料金を上げようとすると,インドネシアのような事態に落ち込まないとは言えない。この逆さやは,国の懐から賄われているので,言うなれば,他の重い納税者,例えば上海の産業が中国国内の電気消費者を助けている構図で,これで収まるならば,それで行けばよい,と言うことである。

比較的大きな電気料金を消費者が負担している国は,ミャンマー(23.28セント),日本(18.2セント),カンボディア(14.35セント),フィリッピン(13.32セント),バングラデシュ(13.2セント),マレーシア(10.32セント)である。この中で,日本とマレーシアは,電力消費者が十分に電力セクターの自立を支えるほど成長してきていると言えるし,ミャンマーとバングラデシュは,まだ電気が十分に大衆に行き渡っていないので,今後,電化が進むに従って,どのような反応が出てくるか,注目の必要がある。カンボディアも同様であるが,電源を大いに無償資金やソフトローンが支えたにもかかわらず,ディーゼル発電に大きく依存したために,この修正が必要となってきている。フィリッピンは料金が高止まりであるが,民衆の不満,暴動となっては顕在化してきていない。政府も,包括電気事業法案を議会の場に挙げて議論しており,それなりの努力を,一般大衆も納得しているのであろう。インドは,電力の確保が州別で,民営化も州毎に進められており,それぞれの州が問題をはらんでいる。タイはやや安め(6.91セント)だが,最近のニュースを追いかけると,じわじわとあまり目立たないように,電気料金値上げの努力が感じ取れる,それは2004年の完全民営化を睨んだもので,さすがタイである。

このように見てくると,この電力生産原価と電気料金の逆ざやという問題は,国の電力セクターの歴史によって,状況が大きく異なる。マレーシア,タイ,フィリッピンは,今後大いに,カリフォルニアの経験から供給責任という問題に留意しつつ,緩やかに規制緩和,分割民営化の線を進めると考えられ,支援する必要がある。アジアどこに行っても,まず国営電力会社の解体,売却または民営化,電源はIPPが基本,場合によっては配電部門も競争,と言う電力セクターの同じ公式を当てはめることは,間違いであることは容易に理解できる。インドネシアの逆ざや解消は容易な話ではない,従来通りのPLNの国営電力会社による強力な電力政策が必要だろう。中国,ベトナム,カンボディア,ミャンマー,ラオスに,公式通りの電力セクター改革を押しつける前提としては,逆ざやの解消をまず目指すべきだろう。インドはやはり,農業料金優先で逆ざや問題が大きく残っている。

(29) 仮説「我が国ODAは次世代日本人の生き残りにこそ使われるべき」

日本のODAの中で,JICA事業が貧困救済や恵まれない分野への協力に特化されつつあるが,私は,日本のODAの真の目的は,我が国次世代の生き残り戦略の重要な手段だと考えてきたので,それをJICAの若い人と議論をするたびに強調してきた。若い人たちは,「足立さん,誰も,次世代生き残りのため,なんて言ってませんよ」と言うのであるが,最近の国際開発ジャーナルのJICA総裁の談話の中に,「次世代日本人生き残りのためのODAを」をと書かれているのを見て,大いに勇気付けられた。「外交戦略のためのツール」よりももっと踏み込んだものである。ODAの目的がはっきり説明されないから,ODAを減らせ,と言う議論になるわけで,私たちが主張するように,次世代日本人の生き残りのために,どのようにODAを使っていけばよいかを議論するならば,その意義が明確に国民に説明できるわけである。発展途上国の貧しい人々を助けるためなら,こんなに多くのお金は必要ないはずで,近い将来の日本との経済発展のためのパートナーに育って貰うためならば,どんなに多く使っても,惜しくないはずである。

電力の世界で言えば,アジアの電力は日本のODAが育ててきたものであるにもかかわらず,民営化の進展で,欧米のIPP企業がアジアの電力セクターを席巻して,日本企業参入の機会が失われつつある。と言うことは,日本の国民の税金で一生懸命育ててきた電力セクターのこれからの便益が,すべて欧米の企業に持って行かれてしまうと言うことで,このような国益にとってひどい話はない。そのために,日本の電力会社を鼓舞し,場合によっては公的資金による開発調査を入れて,出遅れた日本のIPP企業を支援していこうというのが,例えば,ラオスのナムニエップ水力の開発調査である。このプロジェクトの採択に当たっては,外務省・通産省・JICAで,慎重な協議が続けられ,長い間の関係者間の調整が行われた結果,実施に踏み切られたもので,私に言わせれば,まさしくこれは次世代日本人の生き残り作戦の重要な一環であるのだが。

通産大臣の諮問機関としての産業構造審議会のうち,経済協力部会が,平成8年(1996年)2月5日に,その中間報告書を発表した。その趣旨は,当時目覚ましい経済発展を遂げていた東南アジア諸国の経済インフラ整備については,公的資金のみでその需要を満たすことは難しく,民間活力の活用が不可欠であるというのが,要旨であり,民間の構造改革をも示唆した,意欲的な内容であった。この産構審経協部会の結論を受けて,全国の電力・ガス会社の幹部が召集され,産構審の報告書に,今後民間会社が如何に対応すべきかについて,議論がなされた。結論の一つは,国内需要家に対して電気料金等の責務を負わされているこれらの民間会社が,アジアのインフラ整備に乗り出すには若干のリスクがあり,公的資金による開発調査等の支援が必要,と言うものであった。

ナムニエップの要請は,平成8年11月に,ラオス政府より発出された。外務省,JICAとも,どちらかといえば,採択に慎重で,平成9年3月5日に,要請側であるラオス政府幹部が鉱調部を訪問し,その実施を強く迫った際も, 当時の細谷鉱調部長は,むしろ拒絶に近い対応が行われた。当時,日本の電力会社の海外への動きは鈍く,東南アジア周辺での日本企業によるIPPが動き出す気配は,殆どなかった。メコン川周辺での水力に対する他国の民間資金の動きは活発を極め,メコン周辺での有力地点は殆ど他の国によって押さえられ,最後の有力地点として残っているものがナムニエップである,との認識が,民間側にも焦りをもたらせていた。当時一部民間側より,公的資金による開発調査が先行できるならば,民間によるナムニエップの開発を考えてみたい,との申し出あり,民間資金動員の可能性を察知した当時の通産省技協課は,その最後のチャンスと考え,採択に向けて動き始めた。

「環境調査を先行させる方向で採択すべし」との一部意見を受けて,当時通産技協課の広田課長は,鉱調部に於ける対処方針会議に臨み,細谷部長以下外務省担当者との激論の末,ナムニエップに関する課長一任を取り付けて,ラオス側との折衝に当たり,平成10年2月に開発調査の実施に正式に両政府が合意した。

このプロジェクトは,現時点に於いては,その経済性からもまた地域の情勢から見ても,実現にはまだ幾多の問題点が前途に横たわっているが,その深い象徴的な意味を理解し,進めるべきだと考えている。今後,電力分野の海外進出の主流となるべき日本の電力会社は,海外経験において,欧米の企業に遙かに後れをとっている。しかし,タイ,フィリッピン,ラオス,ベトナム,ミャンマーなどに於いては,その果敢な奮闘ぶりが伝えられている。豊富な人材が海外進出で大きく飛躍する日も,そんなに遠くないであろう。また,次世代が生きて行くための海外資産形成の一環として,ODAの果たす役割は大きい。

(30) 仮説 「台湾を捨てたときに思いをいたし中国とつきあうべき」

30年前に台湾との国交を絶って中国との交渉を始めたとき,そのようなことをしてよいのだろうか,と思った。その後の中国との国際協力の場で,特に昨今,中国への援助に関して批判が多いが,もう少し冷静に考えるべきである。私も華北や雲南で開発調査の交渉に当たってきたが,先方の考え方には付いていくのが大変である。しかし,何故日本がこのような状態の中で中国を支援して行かねばならないのか,それは我が国のGDPの25%を越す中国の経済の大きさであると思うが,もっとも,我慢しろ,と言うのではなくて,中国の悠久の歴史に思いをはせながら,畏敬の念を持って交渉に当たる心の余裕が欲しい。

雲南省との折衝で困難な問題が発生し,深く責任を感じている。

メコン流域の開発問題やアジア開発銀行の主導する「汎メコン経済圏」の経済協力に関しては,既に我が国が重要な役割を果たしつつあり,今後,アジア経済の正常化に伴って,好むと好まざるに拘わらず,更なる協力を期待される立場にある。これらの地域開発の核はメコン川の水資源開発に対する姿勢であり,メコン川全体を把握する立場になければ,いたずらに断片的なプロジェクトへの協力を求められて,我が国本来のメコン開発に対する環境等の基本的な考え方に基づく協力が難しくなる。「汎メコン経済圏」に属するタイ,ラオス,ベトナム,カンボディアの4カ国については,既に我が国が主導的な立場に立って協力を続けており,今後とも我が国の意志が十分反映された援助が続けられると思うが,他のミャンマー,中国雲南省については,遺憾ながら情報も十分でなく,特に雲南省当局が如何なる方針に基づいて下流国,特にミャンマー,ラオス,タイと協力して開発を進めているか,官民とも十分に状況を把握できる立場にない。

特に,雲南省のミャンマーのシッタン川に対する協力,メコン上流のランサン川に於ける大朝山水力,景洪水力等のタイとの開発協力の状況,雲南省からラオス,ミャンマーに通ずる交通網の建設,メコンの水利を制する小湾計画の進捗等については,我が国は全くツンボ桟敷の状況である。しかしこれらの開発計画については,ある時点で我が国の積極的な関与を求められることは明らかであり,常にそれらの開発の状況を把握してその時に対処する心構えが必要と考える。確かに中国に於ける開発調査は,先方の情報の提供や資金分担に対する先方の理不尽な要求など,耐え難き問題があるが,特にメコン下流国との国際的な接点を有する雲南省については,具体的な案件を通して接触を保ち,地域の開発のための考え方を共有するよう努力することが,最終的には我が国の地域に対する開発協力の全体的な効率化に資するものと考え,機会があれば,それを逃すことなく出て行くべきと考える。

以上


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