足立隼夫の主張 25

中国の電力設備が不足,と言うのは虚像ではないか
(2004/05/23時点)


中国はGDPが僅か1兆ドルであるのに,どうして3億8千万KWもの設備が必要で,なぜこのような大きな設備を持ちながら,電力不足が起こるのか,これは日本の4兆ドルに対する2億3000万KWの設備と比較して,素朴な疑問を持つ訳である。中国の電力需給のデーターを把握することは非常に困難で,これが何を意味するのか,分析することは非常に難しいが,かなりの設備が潜在化しているのではないか,と言う問題を提起したい。昭和40年代,1970年代,経済成長のために最後に残った水力発電所の開発にいそしんでいた頃,電力会社の内部でプロジェクトの採用の決定を行う部門,当時は企画部であったが,彼らが最も神経を使ったのは開発を急ぐあまりの設備の潜在化,即ち、多額の費用を使って発電設備は造ったけれども,実は動かなかった、という事態を避けることであった。このことと,今の中国の大きな設備とを簡単には結びつけられないが,何か計画に問題あり,と思うのである。


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15年前の天安門直後の中国,約8000万KWの設備出力で当時の日本の1億KWに迫る勢いではあったが,それがあっという間に日本を抜いて,今では日本の2億3000万KWに対して,3億8000万KWあるという,15年で5倍近い設備の伸びである。素晴らしい,の一言で眺めて来たけれど,少し疑問を持つようになってきた。それは,最近の報道で中国の年間GDP総額が1兆ドルに達した,と言う記事がきっかけである。日本が4兆ドルで発電所設備が2億3000万KWで動いているのに,中国は日本の4分の一の1兆ドルの経済活動を支えるために日本の1.7倍の電力が必要でしかも電力不足に悩んでいる,と言う点に疑問を感じたわけである。この話をすると,「人民元の対ドルレートがおかしい」と言う意見や,「上海なんか見ると1兆ドルの訳がない,GDP総額で日本を抜いているのではないか」という人まで出てきた。それはそれで誰かに追求して貰う必要があるが,「発電所は経済活動のエンジンである」と言う考え方をするならば,一体各国のGDPと発電設備の関係はどうなっているのか,と考えてしまう。

確かに日本のGDP総額4兆ドルはかけ離れて大きい,国単位で見ると(2002年数値),米国の7兆ドルに次ぐもので他の国を圧倒的に離している。ここに手元の資料を見ながら数字を並べてみると,米国は7兆ドルで7億KW(約1000ドル当たり0.100W),日本は3.991兆ドルで2億3156万KW(1000ドル当たり0.058W)、中国は1.2兆ドルで3億6557万KW(1000ドル当たり0.305W),インドは5150億ドルで1億753KW(1000ドル当たり0210W),インドネシアは1730億ドルで2111万KW(1000ドル当たり0.121W),タイは1260億ドルで2415万KW(1000ドル当たり0.190W)となり,極めて効率的な日本の1000ドル当たり0.058Wと極めて非効率な中国の1000ドル当たり0.305Wが目立つ。これは人口の集中度とかなり関係があると思うが,それでも中国が米国よりも更にはインドよりも非効率という点には,何か原因がありそうだ。

一方で,中国は常に電力不足の状態であり,特に今年は上海をはじめとし計画停電が予想され,日本企業の間でも警戒感が強い。全国的には3000万KWの不足とも報じられている。では需給関係がどうなっているのか,設備はどのくらい働いているのか,なかなか資料がないが,2003年の中国電力年鑑の中に,系統別の需要と設備容量がまとめられていた。それを眺めてみると,全国合計で,各系統の最大値の合計(と思われる)は2億2551万KWに対して当時の設備合計は3億4331万KWで,余裕設備は1億1780万KW(約38.4%)となっていて,設備容量だけから見ると電力が不足している状況にはない。系統別に見ても,上海を含む華東電網は需要4945万KWに対して設備は6250万KWで余裕設備が1305万KW(26.4%),北京を含む華北電網は需要3594万KWに対し設備は4973万KWで余裕が1379万KW(38.4%),昆明を含む南方電網は需要3232万KWに対し設備は5728万KWで余裕は2496万KW(77.2%),等々である。確かに南方や華中では設備の余裕が大きいとはいえ,華東でも華北でも定期補修引きで考えても設備不足とは言えない数字である。このことから,稼働率というよりも有効出力と言うべきか,ピーク対応能力が極めて弱いと推測せざるを得ない。

昭和40年代,1970年代,経済成長のために最後に残った水力発電所の開発にいそしんでいた頃,電力会社の内部でプロジェクトの採用の決定を行う部門,当時は企画部であったが,彼らが最も神経を使ったのは開発を急ぐあまりの設備の潜在化,即ち、多額の費用を使って発電設備は造ったけれども,実は動かなかった、という事態を避けることであった。特に水力発電所の場合は、設備は作ったけれども大きく造りすぎて水が足りなくて発電できない、と言うケースに当たる。予備力は必要だが、昭和30年代は8%(4%がホットの状態)、昭和40年代に至って10年に1度の停電と言う高い信頼度を目指して予備力10%、と考えていた。しかしこの計算のためには、設備出力では駄目で有効出力でなければならない、特に水力の場合は、L5出力と称して、月30日の中の最低出力で下から5番目(least five)の出力の年間平均の10年間平均をとった、まあこれが火力発電所の信頼度と同じ、と言う考え方であった。これは経済計算の過程であるが,それでもこの有効出力で縛られていたために,どうしても過剰設備を造ることには抵抗があった。水力発電所の規模は便益最大(B−C最大)を目標に規模を決めるが,このとき使われるKW価値のベースはL5出力,即ち有効出力であったからである。

現在次々と運転開始に入っている三峡発電所,設備出力は1820万KWであるが,我々の言う有効出力は一体いくらなのであろうか。三峡ダムは洪水期には水位を下げて運転する。更にダム式なので洪水が出たときには下流の水位が上がってくる。これらを総合的に判断すると,設備出力は1820万KWでも,最悪の場合は900万KWしかでない可能性があり,我々の概念では,設備としての価値は900万KWであると評価する。この900万KWしか出ないときに需要のピークが訪れると,1820万KWと勘定していた需給に大きな障害を与える。このような過剰な投資を続けると長期的な経済に悪い影響を与えることは,旧ソ連で見てきたとおりである。これは三峡という一つの例であって,この辺の設備規模の決定と石炭火力の補修休止のスケジュール管理,或いはもっと踏み込むならば,石炭の輸送に問題あり,と推測することも出来る。いずれにしても,中国の電力不足の問題は,設備の新設と言うことのみが電力不足の対策ではなく,このような現有設備の運用の見直しも大切なのではないか。

以上


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