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「自然に守られて歩いた」
戦後十二人目の千日回峰行者に


  藤波源信阿闍梨に聞く

 七年間で地球一周分の距離を歩くという天台宗総本山延暦寺 (大津市) 独特の修行、 千日回峰行を満行した、 藤波源信・阿闍梨=同寺一山宝珠院住職=。 この人に、 鋭利で厳格な行者像を期待すると軽くいなされる。 「人と比べたら僕なんか生ぬるい」 と言い、 自己のあり方にこれでいいのかと悩む。 それはそのまま、 日常に倦みながら自分探しの旅を続ける、 あなたや私の姿である。 (聞き手=佐藤孝雄)       
  (平成15年10月4日の中外日報紙面から)
千日回峰行
 宗祖伝教大師の孫弟子にあたる相応和尚 (八三一九一八) が始めたとされる。 七年間で通算千日、 比叡山の諸仏や霊跡を巡拝しながら歩く。 七百日を終えると、 無動寺谷明王堂に不眠・断食で籠もる 「堂入り」 がある。
 この後、 回峰のコースに京都赤山禅院への往復を加えた百日間の 「赤山苦行」 や、 京都市内の寺社をめぐって一日八〇`を踏破するという 「京都大廻り」 (八九百日) などを修める。

 〈先月十八日、 一千日目の最後の比叡山回峰を終えた。 未明の峰々を駆けめぐり、 早朝に到着した回峰行の本拠地・無動寺谷の明王堂で、 本尊の不動明王に満行を奉告した。 戦後十二人目の 「北嶺大行満」 の誕生だ〉

 満行の感想は。

 藤波 伝統ある修行を最後まで法の通りに修め、 次代に伝えなければならない。 満行したことで、 次の人にバトンタッチできました。 行者は変わっても修行の中身は変わらない。 地元の人たちは個人名でなく、 単に 「阿闍梨さん」 と呼ぶ。 個々は関係ないんです。

 一番きつかったのは。

 藤波 今年の 「京都大廻り」 ですね。 大廻りと言うだけあって距離が長い。 (一日で) 比叡山一周と京都の社寺仏閣を回る。

 大廻りでは信者さんと一緒ですね。

 藤波  「息障講」 という身の回りの世話や、 護衛をしてくれる方々が麓の坂本と京都にいて、 本当に励みになった。 七百日までは自行だが、 それ以降はみんなで修行する大乗の化他行なんです。

 歩く時は何を考えますか。

 藤波 特に何も。 目に映るものが全てですね。 お堂や街の灯りがきれい、 あ、 蛍がいるとか、 紅葉してきたな、 とか。

 九日間、 不眠・断食の苦行 「堂入り」 はどうでしたか。

 藤波 特別なものと思われているが、 実は誰でもできる修行だな、 と。 いきなりやるのは無理だが、 一年間かけて体を整えれば充分にできる。
 こもっているだけなので体力の消耗もあまりない。 あとは精神状態。 心強いのは期間が決まっている。 ちょっと我慢すれば終わる。 逆に、 遭難を経験した人なんかの方がすごい。 先がわからないですから。
 〈三重県四日市市のごく普通のサラリーマン家庭で育った。 転機は進路問題に突き当たった十七歳のころ。 一家で通っていた鈴鹿市の天台宗寺院の住職の勧めで得度した。 「発心にはっきりした理由があったわけじゃなく、 自然とこの世界に入った」 という。 千日回峰行を二度修めた酒井雄哉・大阿闍梨の自坊、 比叡山長寿院で四年間、 住み込みの小僧として過ごす〉

 大阿闍梨の影響で行者の生き方を選んだ?

 藤波 そうではありません。 大阿闍梨に 「おまえどうする」 と聞かれて、 田舎に帰ります、 と答えていたくらいで。

 では、 なぜ。

 藤波 長寿院を出て、 京都市内のお寺で何年か役僧をしていた。 同じ仕事の反復で、 お坊さんとしてこのままでいいのかという疑問が出てきたんです。 お寺さんって一体何だろうって。 誰でも、 別の分野のことをしたかったと思うのと同じですよ。 役僧はサラリーマンと一緒。 僕は 「テラリーマン」 と呼んでいた。 自分で何ができるかと考えたあげく、 回峰行を決意しました。
 〈再び酒井大阿闍梨に弟子入り。 回峰行の初百日は昭和五十九年に済ませていた。 千日回峰行者必須の 「十二年籠山」 に入り、 規定の五年後、 第二百日の行に出峰。 平成十年、 三十九歳になっていた。 「こいつ途中で逃げ出すんじゃないか」。 師匠の心配をよそに、 順調に行をこなした〉

 行者は白装束で、 六文銭を笠に忍ばせたり、 常に死が隣り合わせという。 行中に生死を強く意識したことは。

 藤波 それはないですね。 ほかにいろんな分野で、 生死を賭けている方は多い。 たとえば、 ロングランの舞台役者や戦場のジャーナリスト、 ガン患者、 危険な場所で仕事する作業員とか。
 ちょっとしたミスで死にますからね。 それに比べたら僕なんて生ぬるいもんです。 行者は普段通り歩いていれば死ぬことはない。 自然とともに生きていれば、 自然が守ってくれる。

 解脱できたと思いますか。

 藤波 数学とか理科の問いに対して難解な答えが出た、 というふうな 「解脱」 はありますよ。 ただ、 涅槃の境地が本当にあるのかは、 よくわかりません。 何が解脱かと言うと言葉の遊びになってしまう。 表現しようとして、 できるものではない。
  (解脱の) 瞬間はありますよ。 しかし長くは続かない。 たとえば坐禅している時はみんな仏さんなんです。 瞬間なら誰でもある。

 悟りは実は日常生活の中にある。

 藤波 そう。 気づかずに通り過ぎてしまうだけで。 たとえば子育てのお母さん。 それぞれの場所で修行して、 それぞれ心が鍛えられている。 お坊さんだけが修行しているのではありません。
 〈千日回峰行をすべて修めた大行満だけに許される京都御所への 「土足参内」 が、 十月十九日にある。 回峰行の創始者・相応和尚の故事にちなみ、 宮中で加持をする〉

 特に祈りたいことは。

 藤波 やはり、 世界平和ですね。 ずっと昔からいろんな宗派が祈っているが、 なかなか平和にはならない。 なぜでしょう。 今年もイラク戦争があったし、 嫌な事件が多い。
 自然の真ん中で何の苦労もなく修行して、 祈るだけで本当に平和になるのかなと自問する時があります。
 イラク戦争では、 「人間の楯」 になった人もいる。 複雑な心境です。 宗教家でなく、 一般のボランティアがあちこちの危険地域に行っている。
 国連の仕事でアフガンに行ったが、 体を壊して一度帰国した日本の女性がいる。 治療してまた旅立った。 すごいバイタリティーで、 身を粉にしてやっている。

 何か行動を起こそうと考えていますか。

 藤波 それがジレンマなんです。 再来年までの十二年籠山を終えなければならない。 それから、 まず自分のできることからやりたいと思っています。