2003年4月30日、世間的にはゴールデンウィークと呼ばれる期間なのですが
生憎天気は霧雨模様、まあこれも情緒たっぷりでいいんです。

訪れたのは福島の母成峠、まあ知らない人は知らないでしょうけれども
昔、戊辰戦争で薩長軍(新政府軍)が会津藩を攻めた時にここから攻略を開始して
激戦地となった所なのです。

ぐだぐだ言ってもしょうがないので写真を
母成グリーンラインという有料道路を通っていきます。
その頂上部分で戦闘は行われました。 記念碑
それでまあこんな所123 で戦闘が行われたのです。
ここまで車で行くのは簡単ですけれど、当時はもちろん人力ですから
想像だに出来ない苦労と壮絶な現場だったでしょう。
峠の頂上で昔を思い思わず泣けてきました。

さらに薩長軍は会津藩やその同盟軍の戦死者の埋葬を禁止しました。
そのせいで古戦場とはちょっと離れたところに埋葬地があります。
見るに見かねた地元の住民がこっそりと埋葬してあげたそうです。
説明板12  慰霊碑
母成峠を越えればあとは下っていけば猪苗代湖にいけます。
サービスショットって事で 一枚

その後、御霊櫃峠というちょっと変わった名前の、マニアックな峠を通りました。
余談ですけど郡山方面から会津へ行くルートというのは沢山ありまして
当時の会津藩はその全部を防御するため兵力が分散してしましました。
この御霊櫃峠も最初は会津攻略の進路として板垣退助が主張していたらしいです。
そのため会津藩も御霊櫃峠にも防御のため兵を置いていました。
結局は母成峠が使われたわけですが。

さて本題に戻ります。
この頃には天候も更に悪化で前もよく見えません。
まあこんな道を通る酔狂者はいないわけでして、対向車は二台。
こんな感じの道をひた走ります。 123 ・峠の頂上にあるNTTのアンテナ 、ちょっと怖い。
峠を越えると郡山の街が見えてきます 、って言っても田舎ですけど。

え、こんなの何が楽しいって?その当時の情緒を感じれればいいんですよ。

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