ファームで学んだのは組み写真の流れと繋がりについてで、様々に変化をつけながらも関連性を保たせていくことに意味がある。背景を取り入れたヒキのカットや人物を排除してしまうようなサブカットも効果的になる。
 それがどう役に立つかということだが、サイトで組み写真を掲載する際には有意義ではないかと思っていた。だが、それは甘い見通しとしか言いようがない。ふと思い立って、アクセス解析をしてみたことがある。訪問者の大半は、本編をクリック連打で飛ばしておいて最後のサムネイルまで一直線に向かう。そして並んだサムネイルのなかから見たい画像だけクリック。たいてい顔アップのカットだけ見て、あとは見もしない。これでは組み写真を掲載した意味がない。
 CGIを使って閲覧者に順番どおり見ることを強制するか、あるいはフラッシュに画像を組み込んでスライドショー形式で掲載するか、いろいろ対策も考えてみたなかで、たどりついた結論は原点に帰ることだった。
 そもそもファームとはプロが写真集をつくる感覚をサイトの運営に応用させるためのセミナーだ。ならば写真集をつくってしまえば良い。ありがたいことに電子ブック作成ソフトというものが安価に売られていた。それを試みると同時に、家庭用のインクジェットプリンタで印刷し、手作りで製本する紙媒体の写真集も試作した。
 さまざま工夫をしつつ、ようやく人に見せられる紙媒体での試作品が出来、それをアラジン先生に見ていただいたところ、かつてないほどの絶賛を頂戴した。それが写真の内容についてであったことは意外としか言いようがない。私は紙の写真集を自作した意気に感じてくださることは期待していたが、写真を褒めていただけるとは思ってもいなかった。だがしかし、その褒められ方には失望もあった。
「これは値段をつけていい写真です」
 そう言われても私は素直に喜べなかった。アマチュアとしてなすべきことは、一文の足しにもならない作品づくりを延々とやり続けることだと思っていたからだ。
 そのつぎに電子写真集を試作し、電子本を配信するサイトに応募してみたのだが、またしても衝撃的な結果となった。このサイトには審査を通過しなければ掲載されない。私は一般向けアマチュア作品として応募したのだが、審査の結果掲載されたのはプロの作品が販売される商用部門であった。
 立て続けの思惑違いに、私は取り乱した。ふだんは愚痴などこぼすことのないように心掛けているが、このときはメールで親しい写真仲間に憤懣を訴えたりもした。
 しかし、いまは開き直った。山岸伸、会田我路といった一流どころが撮ったエロ風味な写真集と、私のヘタクソでエロ表現なしの写真集が並んでいるのだ。企業でもない、組織でもない徒手空拳の一個人として、かかる名誉は望むべくもない。
 ようやくにして悟ったのは、ファームで学んだのはまさしくプロ的なテクニックであるということだ。フォトハイキングで御案内するのは、そのなかで最も重要な背景重視のヒキを撮る感覚だ。それをどう活用するかについては、いまなお研究する必要を感じるが、ものすごい力を得られるのは間違いない。
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