The Story of Madra

第1次世界大戦のさなか、まだ子供だった当時から、Mabel Lorkovicには、ひとつの(あるいは3つの)信念があった。Mabelは映画が好きで、その世界にすすみたいということ。有名になりたいということ。そして、その望みをかなえるためには、必死でがんばらなければならないこと。

ミシガン湖の西岸に生まれた人々にとって、生まれた土地を離れるのは、相当に勇気のいることだったが、Mabelはやりとげた。やがてウィスコンシンの松林と、カリフォルニアの椰子の木の間のどこかで、Madra Lordが誕生した。

スターへの道は険しかったが、Madraは覚悟していた。彼女は自分が何を望んでいるかということを知っていた。そして、何を勝ちとるかも。何ものも、彼女を止めることはできなかった。

Madraはサイレント映画のエキストラとして、働きはじめた。彼女は映画をみることに、多くの時間を費やした。トーキーとカラー映画の時代が到来すると、Madraの個性的なハスキーボイスと躍動的な美しさが、当然のことのように、彼女をスターダムに押し上げた。人々は、Madraのたぐいまれな才能を崇拝し、激しい気性を恐れた。映画会社の社長たちはMadraにうんざりし、監督たちは胃潰瘍をわずらったが、彼女のファンには、とほうもない喜びが与えられた。

長年にわたって、Madraはハリウッドの女王として君臨してきた。しかし、どのような女王も、いずれは若い王女にその地位を奪われる。王女の輝きは、女王の嫉妬をかきたてる。才能ある新人たちよ、注意を怠ってはならない。

"Madra"(dollに同梱される小冊子)より


【補足】
Madra Lord (1911〜 )
1935年、映画"Infidelity"で、初のアカデミー賞ノミネート。
1942年、"Blond Lace"でアカデミー賞受賞。以降、演技派に転向。
1966年、ブロードウェイの舞台"Hello,Dolly!"に主演。
舞台劇の他、テレビにも出演し、60年代まで現役を続けた。
60本以上の映画に出演し、生涯に5度、アカデミー賞のノミネートを受けている。


【補足】部分はOdom M.,"Gene Marshall:Girl Star" より抜粋

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