各名門ブランド ピンボール・リスト

Stern Pinball/2024

ジョン・ウィック(Pro版)

原題John Wick(Pro)
製作年度2024年
ブランド名スターン・ピンボール
メーカースターン・ピンボール・インコーポレイテッド
スタッフプレイフィールドデザインチーフ:エリオット・アイスミン/ゲーム開発チーフ:ティム・セクストン/メカニカルエンジニア:ロバート・ブレイクマン/音響チーフ:ボブ・バッフィー/LCDアート:ポール・チャマンキット/ソフトウェアエンジニア:ティム・セクストン、ジョシュア・ヘンダーソン/美術班チーフ:ランディー・マルチネス/プレイフィールドアート:ケヴィン・オコンナー/脚本:エリック・リーダーマン/音楽:チャーリー・ベナンテ/ヴォイススピーチ:イアン・マクシェーン、メリル・サムオース(オペレーター役、本編で出演しているかは不明)
標準リプレイ点数
備考

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【1st.インプレッション&雑感】

●映画シリーズ4作分を包摂した「ジョン・ウィック」のピンボールがスターン社から2024年4月に発表された。例によって限定版:12,999$豪華版:9,699$廉価版:6,999$……の3ヴァージョンによる発売。

●デザインチーフは今作がデヴュー作となるエリオット・アイスミン。もっとも、ここ10年程辣腕のメカニカルチーフとして同社のピンボールにおいて永らく名前を刻んでいるエンジニア。他美術チーフは「マンダロリアン」でのマカロニウェスタン調アートが好評を博したランディー・マルチネス。ソフトウェアはティム・セクストンジョシュ・ヘンダーソン。音楽はアンスラックスのドラマー兼作曲担当チャーリー・ベナンテ。美術を除けば、全体的に「レッド・ツェッペリン」「ソード・オブ・レイジ」等スティーヴ・リッチー組だったメンバーである。Sリッチーがスターン社を抜けた直後はデザイン部門部長のジョージ・ゴメズが自らゲームデザイン設計を指揮して穴を埋めていたが、その後アイスミンに白羽の矢が立ち、空位が埋まったようだ。

●本機種におけるマニア界隈の評価は、あまり芳しくない。確かに冗長なゲームだ。その批難は分かる。ではピンボールプレイヤーとして筆者の真贋はどうか?というと。駄作か秀作かを唱道するのは、とても難しい。よくよく詰めてゆくとゲーム性には噛み応えはある。ミニカーバッシュでのマルチボールは'90年代風に言うと所謂クイックマルチで、順列で4種用意されている。ボールロック手順を課すレギュラーマルチボールも定番ルール的に盛り上がるし、[Job]と称する1分以上に及ぶ長丁場ミニゲームミッションとマルチボールを重ね取りする戦略も大いに生きる。長時間ボールセーヴ付き完全シングルボールバトルで5人の殺し屋とタイマン勝負に臨む[Adversaries/殺し屋対決]はその打ち応えに唸った。

●では何が問題なのかと言うと、演出が凡庸なのである。間延びしたサウンドと映像処理に締まりが無く、スカスカ〜だらだら〜と何ともだらしがない。展開に合わせて目の覚めるような音響と映像でズバズバ歯切れよく戦況を運んでいる同社他機種とは比べ物にならない鈍重さ。これは音楽コンポーザーやLCD映像担当者の責任ではなく、デザインチーフの采配に拠るものだろう。映画監督でもたまにいる。ドラマや描写は濃厚だが、いい作曲家,いい美術を使っていながら毎作音楽と映像がだるい演出家。ようは、そういうことなのだ。

●スターンピンボールの「ストレンジャーシングス」「マンダロリアン」を手掛けたブライアン・エディーは、マーズ,メディーヴァル等ウィリアムス時代から変わらぬ、ロック嫌い且つ陰気なオーケストラ劇伴音楽主義者だ。彼の手掛ける機種はいつもミュージックのノリが悪い。―――そこから類推すれば、今作デヴューのエリオット・アイスミンも、メカエンジニアリングとしては凄腕でも、壮絶なサウンド音痴であるようだ。

●で、ルールセットはせっかく面白いのに、サウンド演出や映像処理が弛んでいるお陰で、展開,戦況がとても分かりにくい。“点滅アロー通したじゃん。まだ通すの?いつまで通すの?ちゃんと進捗してる?……なにこれ!そんなカウントダウン始まってたの?そんな知らせ方じゃ気付けないよ!”という瑕疵が随所に目立つ。面白いのに、面白いことが伝わりにくい。勿体ない。

●また、近年スターン社側における指針の問題なのだが、Pro版(廉価版)のゲーム性の劣化が甚だしい。ミニカーがウィンストンホテルに素早く横づけしてボールキャッチやボールヒットの活躍を見せるメカアクション剥奪も寂しいが、1枚ドロップがバンパー地帯出入り口にボールを捉まえたり、実働3個ボールロックがマルチ開始時にボトボト落とされたりする[Dance Club]ゾーンが、廉価版のアッセンブル削除でめっきりつまらなくなったのは致命的。スターン社の意図は分かるが、ゲーム性は死なせないで欲しい。他社の様にアクセサリーやシェイカーモーター、LEDサイドアーム、反射防止ガラス程度の差別化で抑えるべきだ。

●何よりも疑念が残るのが登場キャスト。映画ジョンウィックシリーズの重鎮ローレンス・フィッシュバーンがいない。他ハルベリーは?アンジェリカヒューストンは?……と、4作分のキャストの選別は確かに悩むところだろうが、バワリーキング役のフィッシュバーンは絶対外せないはずだ。アイスミンらは“プロジェクトの初期段階では14人登場人物をリストアップ。ジョディー・ダンクバーグとライセンサーはすぐに人を集めて肖像許諾をすすめてくれた”とだけ講演で語っているが、肖像許諾では誰ともめ、誰に拒絶されたりしたのかは、流石に触れていない。

●ただ、ホテル支配人役イアン・マクシェーンが、肖像許諾は勿論、コールアウト録音にまで全面参加してくれているのは嬉しい限り。ロンドンからのリモート録音とは言え、地の底から響く様な、いぶし銀のヴォイスアクトには痺れる。当初シャロン役のランス・レディックへスピーチレコーディングのオファーを通してあったが、残念ながらレディックは2023年3月に急逝。急遽代役オファーを受けて貰えたマクシェーンにはプレイヤーの立場でも感謝しかない。尚マクシェーンはビデオゲーム版「John Wick Hex」でもカスタムスピーチを引き受けており、柔軟なお人柄が窺える。他、ゲーム上の敵キャラとなるヴィゴ、キリルは1作目からの引用で、カシアン、アレスは2作目、ゼロは3作目。Pro版バックグラスアートは1〜4作目超越した俳優/キャラクター達が一堂に会して並んでいる。尚、4作目真田広之の姿は無し。

プレイフィールドデザインについても言及すると、とても堅調な作りで安心感がある。サイドフリッパーもショートフリッパーも、アクロバティックなボールフローも無い。当初は平淡に感じたが、打ち込んでいくうちにこの手堅さが頼もしくなってゆく。永年稼働させても故障やトラブルは少なそうである。メカニカルエンジニア出身のエリオットアイスミンが、奇抜なプレイフィールドデザインよりもメカニクス稼働の安定を優先させて設計したことが窺える。尚、通常デザイナー達は普通AutoCADを使用するが、アイスミンはCAD制作をSoldWorksで作業しているそうだ。

●今作ジョンウィックピンボール企画の言い出しっぺはプログラマーのティム・セクストンで、映画全作を劇場で繰り返し観ている―――と公言しているが、ピンボール好きなら“ジョンウィックPINならかつてスプーキー社がハロウィン/ウルトラマンの前段階で試作したものの商品化を断念してなかったっけ?”と反証がよぎる。これについての関係性は双方から何も語られていないので何とも言えない。但しプランニングのヒントになった可能性ならあるだろう。

●立案は2023年1月。映画1〜3作目がコンテンツ対象だったが、4作目が制作中とのことで、映画会社ライオンズゲートから1〜3は勿論、まだ編集中でグリーンバックが丸写しの4作目スクリーナー(業者向けサンプル配信やDVDのこと)までスターン社に提供して貰えたという。ピンボールLCDでは肖像を映せない俳優も非常に多かったが、本編映像である美しい上空の夜景が繰り返し汎用されている。

●当初[ダンスクラブ]バンパー地帯は、スターン製「レッスルマニア」のリングと、WMSバリー製「シャドー」のバトルフィールドを足して割ったみたいな、ランプレーン経由で入場する上段ミニフィールドだった。スリングショットでバチバチ爆ぜ合う機構を試作したが、いまひとつ面白くならない。何度も練り直した結果、単品バンパー+ターゲット3枚バンク+1枚ドロップ、の完成版へと落ち着いた。“ダンスクラブは毎回入りたくなるような、ワクワクするようなエリアにしたかったからね”

●ジョンウィックの映画会社ライオンズゲートとの提携は比較的良好で、小道具スキャン画像データも数多く提供してもらえた。コインやウェポンズクレートもいいが、左右アウトレーンボールセーヴ有効状況を示すフットプリントマーカーはPro版でも出色の出来。他、ミニカーのスカルプチャデザインだけは、フォードマスタングラヴァーのGGMCことジョージ・ゴメズ部長が態々買って出た。

●しかしひとつだけライセンサーとトラブルが。ジョンウィックが銃を構える姿を描いたサイドキャビネットアートの仕上がりサンプルを送ったところ、『銃を描くのはやめてくれ、ゲームは全年齢対象だ』とライオンズゲート側から建前臭い物言いがついた。本編であれだけ銃が登場するのに!?とゴメズ部長もアイスミンもマルチネスも困惑したが、権利者の要望は尊重しなければならない。また、本編映像での銃の登場場面はLCDに転用しても構わないということだった為、ゲーム性への影響は無いと判断。キアヌ達の絵には銃の代わりに刀剣を持たせることになった。

●しかしコレがまた物議を醸した。ジョンウィックピンボール発表直後、アイスミンらは“銃規制のプロパガンダを商品に内包させた!スターンピンボールの陰謀だ”―――とSNSで攻撃を受ける事態に発展。日本人にはピンとこないが、アメリカでは銃規制論者はSNS攻撃を受け易いのだ。これについてはゴメズが前述のライセンサー事情を話しながら陰謀論を一笑に付しているが、“僕もアイスミンも射撃場でよく銃を撃っているよ”と、むしろ銃規制反対論寄りの立場を匂わせている。相変わらず銃規制論は日本人の感覚が入る余地のない問題のようだ。尚、ウィリアムス製「ダーティーハリー」の様にスウィンギングラーンチャー銃をプレイフィールドに設ける案が初期段階にあったが没になっている。

●公のスタッフクレジットでは名前が無いが、実はケヴィン・オコンナーがプレイフィールドアートを整えている。マルチネスが筐体3種キャビネットとバックグラスアートワークだけで手一杯だった為、オコンナーにヘルプを出した。彼はキアヌを真ん中、周りに敵、手前に味方4人を分かり易く配置し、美々しく采配してくれている。'70年代バリー黄金期からのヴェテランだけあって理解が早く仕事も的確で、とても助かった―――とマルチネスは語っている。

●音楽はアイスミンとも既知の仲だったチャーリー・ベナンテ。以前からピンボールの音楽をやりたかったという。過去にX-MENピンボールの音楽にも関わっているそうだ。ハードロック音楽界隈では彼がピンボールサウンド作曲へ傾倒していくにつれ、なぜそんな酷い仕事をやるんだ、と心無い発言を差し向けてくる奴もいた。“知るか!ピンボールもロックも大好きなんだ。ピンボールと音楽で自分をハッピーにしたい。ティムやエリオットもハッピーにしたい。ピンボール好きもロック好きもハッピーにしたい。それだけだぜ!”と頼もしく喝破してくれている。因みに彼のバンド アンスラックスのギタリスト スコット・イアンも「ブラックナイト〜ソードオブレイジ」の音楽を手掛けている。

●「ジョンウィック」ピンボール完成直後のご披露として、スターン社はサンディエゴのコミコン2024の自社ブースで同商品を出品。そこへ現れたのは、なんとキアヌ・リーヴスご当人。スターンが招聘したのではなく、コミコン自体に来訪していたのだ。勿論ジョンウィックピンボールを笑顔でプレイ。ゲームスタート、プランジャーショット、左右フリッパー操作など何一つ躊躇せず没頭、それどころかナッジング技まで繰り広げたのだから恐れ入る。スターンのスタッフ達はキアヌがピンボールプレイ経験者であることをすぐに察した。

●また、キアヌは2003年にアンスラックスのビデオクリップに出演しており、今作の音楽担当チャーリー・ベナンテとも旧知の仲。キアヌが人としても俳優としても仁者であることは勿論、優れたゲーマーであることもとっくに知っていた。そのベナンテが手掛けた特製ジョンウィックPINサウンドトラックが、なんと粋なことにヴィニール盤サントラLPとしてコミコン限定販売されていた。

●尚、そのコミコンではスターン社社長セス・デイヴィスがABCニュースからの取材を受け、出展機種「ジョンウィック」「ゴジラ70th」の魅力と自信を語っている。なぜか後半「鬼滅の刃」ブースを背景に受け答えしており、気が散るのなんの。

●廉価版のゲーム性劣化については上述したが、一方豪華版よりも更に彫琢された限定版では、豪華版同様ミニカーメカニカルアクション、DanceClubドロップターゲットボールキャプチャ、実働ボールロック機能が搭載されているのは勿論、RGB-LED照明システムサイドレールや金属レールのパウダーコート仕上げ、ボールガイドやスリングを縁取るネオン管風LEDエッジライト、ミラーバックグラスを装備。面白いのは映画の小道具としてキアヌが着用したスーツの一部が切り取られ、エプロン右側に飾られていること。これは“映画プロダクション・ワードローブからのはからい”とのこと。ついでにエプロン左側にはデザイナーのエリオット・アイスミンが肉筆サインを走らせてくれている。

(2025/5/18)


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