
「左沢」と書いて「あてらざわ」と読む。線名が難読なのは珍しい。JRでつけた愛称は「フルーツライン左沢線」 沿線は「さくらんぼ」や「洋梨」といった果物の生産が盛ん。
奥羽本線山形駅から一つ新庄寄りの北山形から、西村山郡大江町左沢までの24.3キロの非電化ローカル線。盲腸線ながら山形鉄道となった長井線などのように、第三セクターに転換するか廃止にならなかったのは、途中に「さくらんぼ」で有名な寒河江市があったからだろう。だが、並行して走る山形自動車道が完成して、いよいよ存続が危ぶまれる状況になってきた。
左沢線の歴史は「軽便鉄道法」により大正10年7月20日山形−羽前長崎間が開通、左沢軽便鉄道として開業。その年の暮れ寒河江まで伸び、左沢まで開通したのは翌年の4月23日だった。同年9月に軽便の名を取り、国鉄左沢線となった。昭和62年4月1日起点を山形から北山形に変更。
撮影日2000,8.05
(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)
