五能線の五は五所川原、能は能代。だが実際は能代の一つ先奥羽本線東能代から同じ奥羽本線の川辺まで。これはその歴史に由来する。147.2キロの非電化路線で、赤穂線などと同様短路を取る本線に対し迂回する路線である。かつて典型的なローカル線だった五能線も秋田・津軽の日本海の風光明媚な沿岸を走り、最近は世界遺産に登録された「白神山地」への最寄駅をひかえた路線として「リゾート白神」も走り注目される路線となった。

 五能線の成立は当初五所川原を境に二つにわかれる。能代−五所川原間は五能線として。五所川原−川辺間は陸奥鉄道の私鉄線として建設された。
 最初、能代市の外を通っていた奥羽本線から中心部を結ぶ線。能代(後に機織、更に東能代)−能代町(後の能代)間が明治41,7,1開通し奥羽線支線と呼ばれたが明治42,19,12能代線になる。
能代より北の線は「鉄道敷設法」の予定線に入っていて能代、五所川原両方から建設が進められた。まず陸奥鉄道五所川原線として大正13,10,21五所川原−陸奥森田間。大正14,5,15陸奥森田−鰺ヶ沢間を開通させた。能代線は遅れて太正15,4,26能代−椿(後の八森)間。大正15,11,24椿−岩館間が開通した。昭和2,6,1陸奥鉄道を買収、国鉄五所川原線となる。昭和4,11,26五所川原線鰺ヶ沢−陸奥赤石間。昭和5,12,26能代線岩館−大間越間。昭和6,10,20五所川原線陸奥赤石−北金ヶ沢間。昭和7,10,14能代線大間越−陸奥岩崎間。昭和8,11,5五所川原線北金ヶ沢−大戸瀬間。昭和9,12,13同大戸瀬−深浦間。昭和11,7,30能代線を五能線と改称し陸奥岩崎−深浦間が開通し全通。五所川原線を五能線に編入して現在に至る。

 

撮影日2001,07,22


(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)

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