因美線は「因幡の国」鳥取と「美作の国津山」を結ぶ陰陽連絡線の一つ。実際は津山の一つ手前東津山から鳥取までの70.8キロの非電化路線。だが列車は全て津山から発着する。平成6年智頭急行線が開通するまで、タブレット交換、腕木式信号機の線として有名だったが、今は見ることができない。
 沿線には目立った観光地はないが、美作滝尾、知和、因幡社など古い駅舎が残っていて私のお薦め路線。用瀬は流し雛で有名で、最近は訪れる人も多い。
 因美線の歴史はまず大正8年12,20鳥取−用瀬間が「鉄道敷設法」ではなく「軽便鉄道法」により軽便鉄道(軌間はJRと同じ)として開通した。平成11,9,2軽便線の名称を廃止して因美線とする。用瀬−智頭間が開通したのは翌年の6月5日。
 中国鉄道の岡山−津山口(現在の津山線)と結んで山陰に至る線を作ることになり、津山側から建設が始まり、昭和3,3,15津山−美作加茂間が開通し山陽線の一部として因美南線と呼んだ。その際鳥取−智頭間を因美北線とした。
 昭和6,9,12美作河井まで路線を伸ばし、昭和7,7,1智頭まで開通し全通。因美北線を因美線に改称し、因美南線を山陽線から削除し編入する。昭和11,10,10因美線を鳥取−東津山間とし、津山−東津山間は姫新線に編入した。

 

撮影日2003,08,23



(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)

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