
可部線は広島の1つ岩国寄りの横川から可部まで15.4キロの電化路線。といっても、本来可部から非電化ながら三段峡まで至る60.2キロの路線だった。廃止されたのは平成15年11月30日。国鉄が民営化されて始めての廃止路線。ついに恐れていた事が起こったという感じだ。利益を上げるのが会社なら採算に合わなければ止めるのが当然。これが引き金になって他に波及することを危惧する。私見を述べれば、全て民営化はいいことだ。素晴らしい事だという意見には反対だ。
廃止により可部線は広島という大都市を走る収益の高い路線となった。幹線扱いにしないと料金の余分取りというサギ行為になるのではないだろうか。そういうことで此処に紹介する事柄は無い。
それで、はからずも廃線の旅となった区間を紹介する。太田川沿いを走る、ほとんど無人駅という実にのんびりした線だった。しかし沿線には広島自動車道、中国自動車道と確実に時代の波は押し寄せている。
水内から南西に12キロ。広島の奥座敷といえる湯来温泉、湯の山温泉がある。また、筒賀の南に竜頭峡。加計は古い町並みが残り、北に行くと深山峡に龍姫湖。そしてなんといっても国の特別名勝三段峡がある。
可部線は明治42年、大日本軌道広島支社の軌間762ミリの蒸気軌道に始まり、同年12,19祇園(今の下祇園)。明治43,11,19古市橋。同年12,25太田川橋(今の上八木)。明治44,6,13可部まで開通した。
その後大正8,3,11に可部軌道に譲渡。大正15,5,1可部軌道は広島電気軌道に吸収合併。昭和3年電化され、軌道も1067ミリに改軌して、昭和6,7,1広浜鉄道に譲渡され、昭和10年に軌道から鉄道に変更され、昭和11,9,1国に買収され可部線となった。
可部より先は国鉄により工事が進められ、昭和11,10,13安芸飯室まで。戦後の昭和21,8,15布。昭和29,3,30加計まで開通した。加計−三段峡間は日本鉄道建設公団により昭和44,7,27に開通した。電化は地元の願いだったが、ついに実現することなく平成15,11,30廃止された。
加計−三段峡間は30数年の歴史しかなく、廃止したのでは税金の無駄使いと謗られてもしかたあるまい。廃止するのはバカでも出来る。人間は賢いと自負するなら、もっと頭を使うべきだろう。
(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)
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