姫新線は山陽本線姫路から伯備線の新見まで158.1キロの非電化路線。ローカル線の中では距離の長い路線だが、全線を通して走る列車は1本も無い。運行は大きく分けて4つで、姫路−播磨新宮間の短い通勤通学用。姫路と第3セクターの智頭急行線の交差する佐用間。美作の中心津山と姫路を結ぶもの。そして津山−新見間である。沿線は観光的には乏しいが、それでも古い町並みの竜野や津山、歴史のある院庄などじっくり探せばかなり見つかる。

 姫新線の歴史は複雑で、まず津山以降から建設が始まった。大正12,8,21津山口−美作追分が開通し、大正13,5,1久世まで、大正14,3,15中国勝山まで伸び作備線と称した。昭和3,3,15因美南線の津山−美作加茂間が開通。昭和4,4,14作備西線として新見−岩山間が開通し、津山−中国勝山間は作備東線となる。
 一方姫城からも工事が始まり昭和5,9,1余部まで姫新線として開通。同年12,11中国勝山−岩山間が繋がり、ふたたび作備線と改称した。現在の利用度とは異なって津山−新見間が最初に開通した。
 その後姫新線の方も順調に進み、昭和6,23余部−東嘴崎、昭和7,7,1東嘴崎−播磨新宮間、昭和9,3,24三日月まで延びた。同年9,11東津山−美作江見間が開通したのを期に姫新西線と称し、姫路−三日月間は姫新東線となった。昭和10,7,30姫新東線の三日月−佐用間が開通し、昭和11,4,8東線の佐用と西線の美作江見が繋がり再び姫新線と改称した。
 同年10,10作備線津山口−新見間と因美南線東津山−津山を姫新線に編入し、昭和19,6,1津山−津山口を姫新線から削除し津山線に編入し現在の路線となった。
 

 

撮影日2003,11,15


(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)

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