
中央本線小淵沢よりかつての信越本線、今の第3セクターしなの鉄道の小諸までの78.9キロの非電化路線。小海線といえばJR最高地点を走る高原鉄道で「八ヶ岳高原線」の愛称がついている。といっても、それにふさわしい所を走るのは31ある駅のうち僅か5駅。それも小淵沢から野辺山までのほとんど山梨県側。あとは典型的なローカル線の駅が続く。
それでも車窓から眺める八ヶ岳は雄大であり、裾野に広がる高原は爽やかだ。それ以外にも松原湖や龍岡城、中込小学校、懐古園などの歴史を持つ観光地も多い。
今から40年前、私は中学生で3年間夏の林間学校は清里だった。そのころの小海線は「高原のポニー」C56が四五両の客車を引いていた。甲斐大泉から清里までの急勾配を、喘ぎながら昇るC56は今にも止まってしまうかと思うほどスピードが落ちた。そこで客車の先頭から線路に飛び降り、落葉松林に向かって「オシッコ」をして最後尾から乗りこむ。という遊びというか悪戯をしたことがある。呆れるほど鈍い列車に、オープンデッキの旧型客車だからこそできた芸当だ。思えばそんなのんびりした時代だった。今は懐かしい思い出である。
小海線は大正4,8,8佐久鉄道が小諸−中込間を開通させたのに始まる。大正4,12,28羽黒下まで、大正8,3,11小海まで開通した。国鉄が小海−佐久海ノ口間を大正7,12,27開通させ小海線と称し、下記南線開通と同時に小海北線に線名変更。大正9,9,1佐久鉄道を買収し小海北線は小諸佐久−海ノ口間となる。その後昭和10,1,16信濃川上まで延長した。
一方小海南線として大正8,7,27小淵沢清里間が開通し、昭和10,11,29清里−信濃川上間が開通して全線が繋がり小海線となった。
(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)