名松線は紀勢本線の松阪から伊勢奥津までの43.5キロの非電化路線。両運転台のキハ11が1両、約2時間に1本という運転間隔でトコトコ走っている。

名松の「松」は松阪の松、「名」は奈良県との境に位置する名張市の名。しかし線路はずっと手前で止ってしまった。もともと名松線は三重県と奈良県をつなぐつもりで計画された。名張までは現在の県道15号線沿い、美杉村奥津から国道368号線沿いに名張に至るルートが決まったが、その先は具体的な計画すら立っていなかった。
 まず線路は松阪から伸びていって、昭和4年に権現前まで開通(といってもこの時上ノ庄駅は無かったのでわずか1駅)。翌年井関まで通じ、そしてその翌年家城まで開通した。なおも工事は進めらたが、ニューヨークのブラックマンディから始まった世界恐慌にあい、ようやく昭和10年伊勢奥津まで達した所でストップしてしまった。その後戦争がはじまったこともあって建設のめどが立たず、戦後も過疎化や近鉄線の開通もあって結局名張までたどり着くことはなかった。

 それどころか乗客は減り続け、第3セクターにしても採算が取れず、ついには廃線・バス転換というところまで来てしまった。しかし道が狭く(国道368号線でさえ一部1車線しかない狭いヘヤピンカーブが続くところがある。おまけに私が通った時は夜の真っ暗闇の上、雨と10メートル先も見えないキリで果たして無事に通りぬけることができるか不安にかられた。)バスが交換できないためにかろうじて生き残って現在に至っている。

 

撮影日2001,01,27



(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)

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