七尾線は北陸本線の津幡から七尾湾に面した和倉温泉までの59.5キロ。単線電化区間である。能登方面への観光、温泉客と観光路線の色合いが濃く、また七尾はかつての能登国の中心であったため国分寺跡などの遺跡も多い。
 その歴史は能登半島の交通手段として金沢と輪島を結ぶため、明治25年の「鉄道敷設法」により北陸線の一部として登場したが、予定線からもれてしまったため「七尾鉄道株式会社」が津幡(旧、後の津幡口、今の本津幡)−矢田新(後の七尾港)までを明治31,4,24開通させた。明治33,8,2津幡−津幡口が開通、「鉄道国有法」により明治40,9,1国が買収し、明治42,10,12国有鉄道線路名称制定により津幡−矢田新間が七尾線となる。その後大正14,12,15和倉(今の和倉温泉)まで、昭和3年には能登中島、昭和7年には穴水、そして昭和10年に輪島まで開通した。全線開通に37年もかかったのは地盤の弱さとトンネル工事が多かったからである。その間昭和4,12,5七尾−七尾港(矢田新)が貨物線となり、それも昭和59,2,1廃止された。
 平成3年9月、和倉温泉−輪島間が第三セクター「のと鉄道」としてスタートを切り、同時に七尾線は津幡−和倉温泉間となり単線ながら電化された。ただ七尾−和倉温泉間は両社が営業する重複区間となっている。
 津幡起点であるが列車は全て北陸本線からの乗り入れで、現在は大阪から「特急サンダーバード」3本、名古屋からは「エル特急しらさぎ3号」、越後湯沢からは「特急はくたか6号」が和倉温泉まで走り、地方交通線の中では恵まれた存在である。電化は直流1500Vなので、交流の北陸本線から乗り入れるために津幡を出たところにデッドセクションが設けられている。普通列車は交直両用のモハ415の運用が多い。


撮影日2002,05,18



(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)

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