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◎男鹿線

 奥羽本線の追分から男鹿半島の男鹿まで、26.6キロの短い非電化路線。線路は男鹿から1.8キロ先の貨物駅「船川港」まで伸びている。男鹿半島の南岸沿いを走るが、海はほとんど見ることができない。起点は追分であるが、全部の列車が秋田まで乗り入れている。この事からもわかるように秋田への通勤・通学の足として乗降客も多く、日に17本とローカル線としては本数が多い。俗に言う盲腸線だが、そのために廃止・移管されなかった。
 その歴史は「軽便鉄道法」により、男鹿半島の港「船川」に陸揚げされた物資を運送するため、奥羽本線と結ぶ目的で敷設された。大正5年全線開通し、船川軽便線と呼ばれていたが、「軽便鉄道法」廃止により船川線となった。船川港まで伸びたのは昭和12年。昭和43年男鹿の市制にともない、駅名を船川から男鹿と変え、線名も男鹿線となった。
 戦後は寒風山や入道崎など男鹿半島への観光路線的性格が強かったが、現在は上記のように通勤・通学路線となっている。

 

撮影日2001,07,22

 

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◎大湊線

  東北本線の野辺地から、斧の形をした下北半島の柄の尻から陸奥湾沿いに北上し、刃の根元に位置する大湊までの58.4キロの非電化路線。かつては終着大湊のひとつ手前の下北駅から大畑線が出ていて、大畑が本州最北端の駅であったが、大畑線が下北交通に譲渡され、廃止されてからは大湊駅が最北端となった。
 かつては男鹿線と同じように、「いたこ」で有名な恐山を中心とする下北半島観光と、信仰のための路線だったが、今はごたぶんにもれず車に客を奪われてしまっている。なお大湊駅のある「むつ市」はひらがな名の市としては早く、当時珍しがられた。

撮影日2001、08.27

 

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