地方交通線でありながら新幹線が走る、そんな珍しい路線が田沢湖線。東北本線盛岡から奥羽本線大曲までの75.6キロ。当然電化されている上に標準軌へと改軌されている。線名は日本最深のカルデラ湖田沢湖に由来しているが、実際は田沢湖駅から6キロ程行かないとお目にかかれない。また途中駅の角館は「東北の小京都」と言われ武家屋敷が残り観光の目玉となっている。

 盛岡と大曲を結ぶ線として「鉄道敷設法」の計画線に入れようと運動されたが失敗した。そこで盛岡−橋場(現在は無い。赤渕より北西。国道48号秋田街道沿い)、橋場−小保内(今の田沢湖)、小保内−大曲間の3線に分け、軽便線として建設することとなった。まず大正11年盛岡−橋場間が橋場軽便鉄道として、翌12,8,31小保内−大曲間が小保内軽便線として開通した。険しい県境を越える橋場−小保内間の小橋線は難航し、おまけに戦争も始まり結局工事は中止され、その上雫石−橋場間も休止になってしまった。戦後昭和26年工事再開の動きが起こり、雫石−橋場間休止のまま雫石から工事が始まり昭和39,9雫石−赤渕間が開通し、昭和41,10全線が開通した。線名は岩手側が盛大線・盛曲線を主張したが、結局秋田側の田沢湖線が勝利を収めた。
 その後昭和57,11,15電化が完成し、特急に格上げされた「たざわ」が東北新幹線に接続して首都圏から秋田へ行く最速の重要線となったがスピードが今一つだった。そんなおり従来線を使った山形新幹線が成功を収めたのを受け、秋田へ新幹線をと平成4,3から工事が始まり平成9,3,22「こまち」が走り出した。
 ちなみに余談だがパイロットとスチュワーデスが出るJR東日本の秋田新幹線のCMはなかなか面白くて今も覚えている。

 

撮影日2001,06,23


(ただ今、地図を開いております。しばらくご辛抱の程を。)

tazawako3.jpgtazawako2.jpgtazawako1.jpg
tazawako4.jpg  

地図が開かない場合、写真にリンクしない時はココをクリック

TOPLINK.GIF - 761BYTES