ポケモン同人作家逮捕事件がもたらしたもの

■同人界を揺るがしたポケモン同人作家逮捕事件とは
■『背後にポケモンポルノ組織の暗躍か!』……京都府警魔女裁判への迷走
■【脆弱な一個人の女性アニメファンを破滅寸前にまで追い込んだ任天堂の残忍な性根】
〇[著作者人格権]侵害のはずが、なぜか[複製権の侵害]に
〇民事訴訟では満足せず……一罰百戒ではなく、もはや個人を破滅させるみせしめ処刑を断行
■『己の会社・業種さえ潤っていれば良い、他の畑など干上がって廃れても知らぬ』……社会還元を無視した任天堂の醜く魁偉な企業エゴ
■まるで中世の魔女裁判……女性アニメファンをみせしめの火あぶりに処した京都府警と任天堂
■事件後におけるの同人界への影響と変化

同人界を揺るがしたポケモン同人作家逮捕事件とは

 '80年代から'90年代にかけて、アニメのやおい同人誌は原作者にも出版社にも鷹揚に看過されてきた文化である…というより、あまりに自由が過ぎて、無法地帯同然のありさまであった。

 例えば、「キャプテン翼」ブームの時、連載中の原作でひいきのキャラの活躍の場がなくなれば、
 『高橋陽一――――!死ねぇぇぇぇぇ―――!!!!!』
 ……と、名指しで作者に五寸釘を打つ漫画を堂々と発行していた同人女がいたし、また同人誌上で連載中のジャンプのコピーを無断でいくつも切り貼りし、
 『絵が下手』
 と臆面なく原作及び作者に罵声を浴びせていた、えみくりみたいな大手やおいサークルもいた。

 当時サークル派閥同士の確執の絶えなかった、「星闘士星矢」の同人系ファンクラブをオフィシャル認可してもらうべく、集英社気付の文書を送りつけ、作者にしつこく公認をねだり続けたようなサークルだってあったし、アニメ及び連載コロコロコミック連載版「スーパービックリマン」の最終回が気に入らない、という理由で、小学館に無言電話の嫌がらせまで行うという、明らかに威力業務妨害行為までに及んでいたアニメファンの少女の存在も記憶に残っている。

 また、「忍たま乱太郎」第一次ブームの際、アニメ本編で忍たまたちの担任である土井先生が勝負に負けで裸マラソンをさせられた…というエピソードが、美形のやおいキャラとして勝手に捉えている自分の妄想世界を壊したとかで、『アニメスタッフ及びNHKは愚の骨頂!』と苛烈に誌上糾弾、児童向けアニメ番組相手に理不尽な憤慨を吐いていた、イタ〜イ同人ヲトメ2人組の忍たまやおいサークルの本の読み苦しさも、明らかに常識の度合いを過分に通り過ぎているものであった。

 エロを描くにもパロを描くにも、二次創作するなら、原作者や出版社その他著作権利者の逆鱗に触れないよう、決して逆撫でしないよう、細心の注意と敬意を払わねばならないにもかかわらず、同人ヲトメの誰もが欲望の赴くまま、自分だけの独善世界に猪突猛進、現実社会の常識も忘れ、日々溺れるように陶酔していた。

 そういったファン活動の倫理や常識を超えた無節操な二次創作本の濫造は、今になって振り返れば該当本人たちにとっても血の気が引くような、知らず気付かず毎日薄氷を踏むが如く、仏の顔を二度三度どころか繰り返し泥を塗るような危険な行為であったのに、いつしか告訴・処罰を受ける可能性があるなどとは、誰一人夢にも思っていなかったのだろう。

 ついに1999年1月、至極普通の女性同人誌作家が、企業側と警察側からの刑事告訴により、著作権法違反で逮捕されるという、前代未聞の大事件が起きてしまった。

 この逮捕騒動により二次創作同人ファンは、著作権元である企業側が本気で牙を剥くとどういうことになるか、国家的糾弾により切々と思い知ることになるのだ。

『背後にポケモンポルノ組織の暗躍か!』……京都府警魔女裁判への迷走

平成11年1月14日朝日新聞朝刊より
▲'99年1月14日付け、朝日新聞朝刊のポケモン同人誌作家逮捕の報道記事(ところでピカチュウって変身するんだったっけ?進化ならするけど)。

 1998年夏。至極ありふれた福岡県の個人サークルの手により、アニメの二次創作同人誌が発行された。それには同人らしいそれなりの性描写もあり、18禁アダルト指定を受けるようなコンテンツであったものの、同人誌としては突出することのない、非常にありふれたものであった。

 本を描いた女性にとっても、いつものとおり楽しんで編集し、印刷所に入稿を済ませ、刷り上った本をイベントで即売し、スキモノ同士で感想をもらい、完売して終わり。そのはずだった。

 しかしその同人誌が、年齢を明らかにしないまま通信販売で購入してしまった女子中学生の手から、その母親に渡ってしまった時、彼女の平穏な同人生活は破綻への坂道を転がり落ちてゆくことになる。

 アニメファンにとっては、架空のキャラクターを現実の恋人のように愛で、慈しみ、性愛の対象とすることが日常的でも、その感覚を一切持ち合わせない一般消費者にとって、二次創作パロディ・オマージュ的アダルト同人誌は、アニメという子供の聖域を汚すふとどきな悪書にしかうつらない。ヲタクと一般人とのキャラクター認識の齟齬が、今回の事件にまつわる最初の悲劇であった。

 ことの始まりは、世界的ゲームメーカー任天堂に、同社にとってビデオゲームのハード機と比肩するブランド的商標である「ポケットモンスター」のキャラクターを二次拝借した、『わいせつ本』と見なすべき、エロ同人誌が送付されたのがきっかけだった。

 それは、ある女子中学生が、同人コミック情報誌《COMIC BOXジュニア》での同人誌通販コーナーに紹介されていた、「ポケットモンスター」の18禁同人誌を通販購入したものを、母親が憤慨して没収したものだった。

 同人ファン活動に対して無知・無理解だった母親は、アダルト品を承知で購入した娘への叱責よりも、同人誌の作り手側へと矛先を向けてゆく。アニメキャラを引用するアダルト同人の撲滅を望んだ母親は、同人誌というものの本質もおたくサークルの社会的脆弱さも知らぬまま、京都に本拠地を置く任天堂本社に、抗議の投書と共に実本を送りつけてしまう。

 ここで、投書と本を受け取った任天堂側がとるべき行動は、COMIC BOXジュニアの発行元のふゅーじゅん・ぷろだくと社やサークル側に、先ずは警告書・配布停止勧告通知の送付を行うぐらいが妥当であろう。ところが任天堂は、刑事告訴という大仰且つきな臭い扱いで事を進めてしまう

 問題の18禁ポケモン同人誌が任天堂へ送り付けられた直後、おそらくその本やチラシのインフォメーションに掲載されていたであろう同サークルのイベント参加予定表から、女性作家の活動の動向を見定めた任天堂は、発行者本人の参加する同人誌即売会に社員を赴かせた。そして発行者の女性本人から、同じ本を購入させ、同社は京都府警に『被害届』としてそのポケモン本を提出してまう

 この任天堂からの被害届を受理した京都府警側も、本来なら警告書の送付程度に済ませるよう諭させるべきであるはずが、当局側にもアニパロ同人・アニメ二次創作文化に対して予備知識は一切皆無だったため大いに動転。
 『すわ、ポケモンポルノ本の組織が暗躍?暴力団の資金源か?』
 と、全く履き違えも甚だしい、誤った判断を下してしまう。単なる一アニメファンの女性のお遊びミニコミ相手に……。

 捜査本部を設置の上、数十にものぼる数の捜査員の動員、数ヶ月にもわたるほどの張り込みや内偵捜査……。
 あきれるほど大げさで不相応、且つ明らかに冷静さを欠いた京都府警の捜査により、女性に対する逮捕状が発付される。

 そして1999年1月13日早朝。予告も警告も勧告もなく、突然の自宅マンションへの踏み込み捜査に呆然とする女性を尻目に、当局は証拠品を次々と押収。そのまま同日昼過ぎ、著作権法違反・複製権の侵害の疑いで女性を逮捕してしまう

 もし女性が拘留された時点で黙秘権を行使、弁護士を呼んだ上で、

 『パロディをも超越したオマージュ表現なので違法性はない』
 『該当の本は明らかに権利元とは無関係と分かる内容で複製権違反に該当しない』
 『明晰に成人指定を印字していたので購入側の問題』


 ……等々を表明するなど、反論武装の余地は数多くあり、女性が不起訴となる可能性も十分有り得たはずである。

 しかし、日々の平穏な暮らしの中で全く夢想だにしなかった【逮捕】の衝撃に気を確かにできなかった女性は冷静な反撃行動にうつることができず、拘留期限いっぱいの22日間なすすべなく、ただただ自分が犯罪者に仕立てられていくのを横目に、顔面蒼白のまま留置所で膝を抱えて過ごすばかりに終始してしまう。

 各誌新聞報道でも事実誤認が甚だしく、例えば警察発表そのまんまの書き写しであろう、分布値段の900円という数字も実際には600円であったし、会社員であるはずの彼女の肩書きは、なぜか『無職』にすりかえられている。

 『29ページの本』という該当本のページ数表記も事実と異なり、実際には32ページであった。総ページ数が奇数の本など物理的にありえないのに、多くの新聞社が何の疑問を持たず、誤りだらけの警察発表を丸々鵜呑みしてオウム返し報道をしていた。各誌の校閲がいかに機能していないかが露悪されている。

 スポーツ誌の中には、好奇と嘲笑の視角で
 『エロポケモン女はいかにも暗そうなオタク!』
 『千種類ものエロポケモンが当誌の調べで発覚!』
 と、同人誌に無知なまま、先入観と偏見と適当な推測で、収集した取材資料を誇張、おおはしゃぎで得意げに書き立てた記事を掲載するスポーツ新聞社もおり、しかも他の無関係の同人誌の図柄を無断掲載までしでかして、多くの同人ファンを憮然とさせた。

 一方、京都府警側は印刷会社と同人誌即売会のイベンター側にまで事情聴取を行い、特に該当のポケモン同人誌を刷った印刷会社は、結果的には不起訴となるものの、書類送検という憂き目にまで遭っている。

 この印刷所書類送検の節のマスコミ報道も首をかしげるような内容である。
 『「違法と気付いたが社員には"何も聞くな"と言った」と供述』
 ……などと、そんな同人印刷のオファーは毎日が二次創作パロものばかりなのに、ポケモン同人原稿相手だけに急に緊迫して声をひそめて仕事を進めるなどあまりにも不自然な話。
 同人に無知な者たちによる、推測と捏造による無責任な報道は跳梁を極めた。

 その後、釈放された女性には10万円の罰金刑が課されたが、しかしこれは当然駐車違反の罰金を支払うような気分で済む程度の懲罰の問題ではない。

 彼女は逮捕を理由に会社からは解雇処分を受け、マンションからの退去命令により職を失ったまま住まいを追われることになった。
 それだけにとどまらず、ガサ入れ時に何から何まで次々持っていかれた押収品の返送費も、京都から帰る交通費も全て自費負担。財産・貯金・居住を根こそぎ失い、突然百数十万円の借金を、失職状態で抱え込むこととなった。

 彼女の受けた理不尽な法的制裁、社会的非難は、それだけにとどまらない。

 彼女にふりかかった災厄を、"他人事とは思えぬ"とねぎらう声も勿論多数見られたが、普段から同人ファン活動・二次創作を毛嫌いする漫画ファンからは、激しい痛罵の標的ともなった。
 それどころか、同じくパロ同人・二次創作を嗜む者からですら、
 『なぜ黙秘権を行使の上弁護士を呼んで毅然と対峙しなかったのか』
 『なぜ未成年に販売したのか』
 『芸能系同人のように【J禁】(ジャニーズ事務所関係者の目に触れるような扱いを禁止するの意)対策などの有事を想定した防御がなく、あまりに脇が甘すぎたのではないか』
 『あなたの失態のせいで同人規制・弾圧の前例ができて皆の迷惑になったじゃないか』
 ……等々、万に一つも無いような災難に見舞われた彼女の心境や理不尽な窮地を考えると、あまりにむごい風当たりであった。

【脆弱な一個人の女性アニメファンを破滅寸前にまで追い込んだ任天堂の残忍な性根】

 これといって目立った存在ではない、単なるミニコミづくりを嗜む一アニメファンに過ぎない彼女を、なぜ任天堂及び京都府警は、刑事訴訟・逮捕までして破滅寸前に追いやる必要があったのだろうか。

[著作者人格権]侵害のはずが、なぜか[複製権の侵害]に

 まず、一般的にアニパロ同人誌の二次創作漫画が"法を犯している"と客観で解釈できる違法点を2つ挙げる。

●元の作品を著作者の意思にそぐわぬ形に改変して発表する《同一性保持権の侵害》(著作者人格権)
●無断で映画化・舞台劇化された事案によく該当される、《二次的著作物の無許諾使用》(著作者財産権)

 ……の2つが主に該当すると考えられる。

 しかし、元のキャラクターを、あたかも自分が著作権元であるかのように、またはコピライト購入で許諾を得た者であるかのように、キャラクター商品をそっくりに大量製造したり、ビデオやDVDなどのソフトを複製して売りさばく罪などが該当する《複製権の侵害》が、彼女を法的制裁の俎上に乗せる引き合いに出されているということに注目したい。

 パチもん濫造・コピー品流通で荒稼ぎをあげる悪どい海賊品犯罪組織などとは明らかに異なり、比べ物にならぬ程規模も小さく、悪質性の乏しい一個人の彼女を、二次創作とは言え明らかに任天堂とは無関係と分かるオタク調の同人漫画を、ダンボール1箱分もないような小部数発行でスキモノ同士日陰で交歓していただけなのに、闇の犯罪組織級の犯罪人と同格の《複製権の侵害》で拘束・ガサ入れ・逮捕を敢行させた。

 これは一体どういうことなのか。

民事訴訟では満足せず……一罰百戒ではなく、もはや個人を破滅させるみせしめ処刑を断行

 この逮捕騒動に関して発表された任天堂側からの声名を参照すると、

 『開発者はキャラクターのイメージを大切にしており、自ら開発したキャラクターが自分のイメージとは違う変な形で描写・表現されるのを好ましく思いません。そして著作権者としては、あのような同人誌がポケモンファンである小さなお子さまの目に触れたら、子供たちの夢や希望を壊すことになり、許されることではないと考えております』

 このコメントを鑑みると、"イメージとは違う変な形で描写・表現されるのを好ましく思わない"という旨のコメント及び任天堂側のスタンスからして、同社側が訴え出るにあたっては、複製権どうこうではなく、著作権の人格権に部類する《同一性保持権利の侵害》で告訴しないと筋がとおらないことになる。

 しかし、同一性保持権利侵害という刑事事件性の乏しい事案では民事扱いでの訴訟となり、また彼女の表現内容の違法性を立証するのにも、無許諾二次創作と言い切れるのかパロディなのかオマージュなのか、著作権者と同一とみまごわれる危険性はどれぐらいなのか、等々立証の困難な難関が幾重にも待ち構えている。もし勝訴したとしても、とれる賠償額なんて屁にもならない。

 そこで、彼女への徹底した法的・社会的懲罰と抹殺を望んだ任天堂側は、判例も豊富で刑事事件の立証もたやすい《複製権の侵害》という側面からの謀略を企てたのだ。

 複製権の侵害ならば、海賊版や偽キャラクター商売などで過去にも取り締まりが行われた判例も多く、同人誌文化に無知である上に手柄をあげることを最優先とする京都府警を懐柔、けしかけることもたやすい。
 女性への警告程度では満足しない任天堂は、刑事事件に仕立て上げることにより、彼女の社会的抹殺にかかったのである。

 作品や作者が嫌いで中傷を行った場合のモラル的な問題は別として、作品に敬意や親密感、思慕をよせるパロディ・オマージュ的同人誌が、著作権者・原作者にどのような財産的損害を被らせるのか、全く定かではない。
 むしろ、物まね芸人が忘れ去られた歌手の物まねパフォーマンスにより、元々の歌手の人気を再燃させるケースからわかるように、損害どころか大きな利益をもたらすものと考えた方が正しい。

 そればかりか、彼女が発行したポケモン・アダルト同人誌は、あきらかに本家作品とは無関係の別物であり、二次創作どころか、パロディをも超越したオマージュ、リスペクト等にあたる、独立した著作物としても考え得る。
 例えエロであろうと、作り手にとってキャラを性の対象として描くのは、最愛のリスペクト表現なのだ。

 よって、アニパロ同人誌を財産権(複製権)で規制するのは、法律の乱用・拡大解釈以前の根本に誤りがあり、法の矛盾を孕んだ本末転倒なのである。

 加えるに、「子供たちの夢や希望を壊すことは許されない」という、"子供"というキーワードを引き合いに出したがる任天堂側のおためごかしな発言にも傾注して頂きたい。

 「夢」とは、子供たち本人が自分で想い描くものであって、大人が都合よく用意した枠組みに従うことではない!

 "ポケモンを恋人みたいに想って、ポケモンの別のお話を考えたお姉さんを牢屋に入れた"

 ……子供の夢を壊したのは、果たしてどちらなのであろうか?


 ポケモン同人作家逮捕事件に伴い、彼女個人への非難も少なくなかった一方で、地元即売会やネット上で彼女へ私生活建て直しためのカンパ支援金を募る活動も巻き起こり、一時期自殺をも考えた彼女の立ち直りへの、大きな励みになったという。

 また、任天堂による強権的なファン活動弾圧への反発から、同社商品の不買運動を推し進めるサイトや同人作家も現れた。

『己の会社・業種さえ潤っていれば良い、他の畑など干上がって廃れても知らぬ』……社会還元を無視した任天堂の醜く魁偉な企業エゴ

 『ちっぽけな同人誌ごときを著作権侵害で訴えるなんて、民事でも刑事でも例がない!本当に刑事告訴・逮捕は正当なのか!?』

 かような叫び声があがると共に、世間やオタクたちの間で騒ぎが大きくなった後も、任天堂側は横暴的姿勢を崩すことはなかった。

 "既存キャラクターを一切使えなくさせて同人誌市場を縮小させてこそ、本来のあるべき同人誌の姿だ(同社広報課係長皆川恭広氏)"

 …と、同社は企業エゴを剥き出しに傲然と言い放っている。

 己の会社・業種さえ潤っていれば、他の畑など干上がろうが廃れようが知るものか。社会へ文化的還元を行う義務・倫理を著しく欠いた、任天堂の醜く魁偉な企業エゴが、この発言から見て取れようというもの。

 同社が過去に犯してきた企業倫理の蹂躙(ドンキーコング裁判事件、タイトー社のスペースインベーダーの盗作品「スペースフィーバー」発表等)などの事例は、高く高く棚に上げたまま。女性への残忍なみせしめ処刑の蛮行を悪びれる姿勢すら、微塵もみせないのだ。

 任天堂の山内溥元社長(現同社相談役)はかつて、「ブロックフィーバー('78)」「スペースフィーバー('79)」といった、他社から盗作した紛い物アーケードゲーム製品を正当化すべく、

 『遊び方にパテント(特許)はない』
 『互いが開発した優れたものを交流していくことが大切』

 という声名を行っている。それはスペースインベーダーの著作権利主張を掲げるタイトーに対してのレスポンスであった。
 それが一転、20年の時の隔たりを経て、たかが個人の小規模ミニコミパロディ同人誌の違法性を手を振り上げて糾弾する原告側へとまわった訳である。

 果たして、"同人系のファンを刑事告訴する"という任天堂側の取った行動は、同社にとって社会的利益のあることであったのだろうか。

まるで中世の魔女裁判……女性アニメファンをみせしめの火あぶりに処した京都府警と任天堂

 やおいの本質とその美醜を敷衍するこのサイトの趣旨からは若干逸れるのだが、この任天堂の取った手段はあまりに残忍であり、大企業の優位性をふりかざした横暴といわざるを得ない。

 1981年発表のアーケード版初代「ドンキーコング」の著作権利を、制作委託先のソフトウェア会社からむしりとった"ドンキーコング裁判事件"や、セガの合法的製作であったはずの「テトリス」のメガドライブソフトを水際で潰した"メガドラ・テトリス抹殺事件"等、利潤の追求には手段を選ばぬ同社の獰猛さは、事情通の間では度々囁かれるが、今回の事例の砲口は、組織でも大企業でも団体でもない。至極一般の一個人の女性……単なる一アニメファンに過ぎない、非力な女性である。

 彼女の人生が破滅に追い込まれることを承知の上、というよりむしろそれを目論んで、『子供の夢を壊す』などという、本来の複製権とは異なる理屈で社会的公憤の追い風を吹かせ、著作権法・複製権適応の疑念と矛盾点をあやふやにし、彼女を理不尽な法的・社会的・警察沙汰の矢面に立たせ、社会制裁の集中砲火の真っ只中へのつるし上げを決行した。

 任天堂と京都府警は、若く未来有る無辜な女性を捕え、魔女裁判での処刑執行のみせしめとして火あぶりに処したのだ。

 その後京都府警は2004年5月に、ファイル交換ソフトWinny開発者を、著作権法違反幇助の疑いで、その違法性や責任の有無の議論を世相に問わぬまま、蛮行のような強権で逮捕を決行している。

 文明の進捗・情報媒体の進化に伴い、常に発達・対応が遅れがちとなる[著作権法]という法律の発展と洗練への哲学・倫理を熟考する英知や研鑚心などはみじんも持ち合わせていない京都府警にとっては、何よりも手柄が第一。
 どうやら彼らは権勢力を拡大することしか頭になく、まだまだ未発達であらゆる軋轢の起こりうる著作権法の研摩や同人誌文化の現状などを審議・熟考できるほど成熟した集団ではなかったようだ。

 テレビで物まね芸人に面白おかしく顔まね口まねされたからって、政治家・財界人・著名人がいちいち腹を立てて告訴や訴訟でタレントをつるし上げたりするのは、果たして紳士的で利口な行動と言えるだろうか。
 似顔絵名人に無様に己の肖像をカリカチュアされて物笑いにされたからと言って大人げなく訴えに出たりするのは賢い選択であろうか。
 アダルトビデオのタイトルで名前や作品名をパロられたからって著名人がいちいち目くじら立ててハデに騒ぎを起こしたりなんかしたら、余計恥ずかしい。

 最近だって、野球選手のウォーレン・クロマティ氏が「魁!!クロマティ高校」の映画関係者をパブリシティ権の侵害のかどで訴えたことがあったが、世間では選手へのマイナスイメージがある意味益々黒くなっただけ。
 例えば、
 『ヘェ〜ワタシのナマエがエイガになるナンテ、コウエイデス!』
 …と人なつこい笑顔をこぼしながら、映画の宣伝部長とかをすすんで買って出て何かの事業につなげた方が、よっぽど利口な判断であっただろうに。己のエゴを冷静に操作できぬ愚かさが生み落とす業としか言いようがない。

 長い目で見れば、特に認知性や知名度を要する場で経済活動を営む者なら、むしろ二次的クリエイト、マネ表現、オマージュ作品こそ、利益の泉源となるはずなのだ。
 それは任天堂にとっても当てはまらぬことではない。

 かつてTVゲーム黎明期には模倣品や権利問題で澱んだ収益もあげていたはずの会社が、フェアユース的なファン活動をひねり潰す。
 強権的で残忍な任天堂の体質、及びキャラクター企業の政治的支配に危機感を抱き、騒がしく声を張り上げることは、消費者側の人間としても決して過ぎたイデオロギー行動ではあるまい。

 "オレはヲタクでないし関係ない"という無関心を決め込んだりした貴方。もしかしたらある日突然、
 『貴方の娘がブログのイラスト画像で当社の商標を無断借用した。示談金を話し合いたいので規定の日に弁護士をおくるが都合はどうか』
 ……という内容証明が、明日あたりにも送りつけられてくるかも知れない。

事件後におけるの同人界への影響と変化

 このポケモン同人作家逮捕事件では、一人の無辜で立場の弱いアニメ好きの女性の人生が破滅寸前にまで追い込まれた不条理さのみならず、無責任なマスコミ報道により好奇心の嘲笑の的となったオタク・同人誌ジャンル全般、とばっちりで書類送検まで受けた印刷所及び業界全体の困惑、警察という国家権力は勿論、企業という組織の優位性による強権的弾圧でファン活動が規制・圧迫されたというアニメファン・コミックファン側の驚愕、事件発覚後に任天堂側が受けたイメージダウンと同人を理解している消費者側からの猛バッシング、ポケモンポルノ組織撲滅とばかりに大手を振り上げた京都府警の履き違え捜査の赤っ恥顛末による面目つぶれ……と、どの関連方面においても何一つメリットはなく得をした者はいない。
 多かれ少なかれ誰もが互いに傷つき、損害を被り、多くの波紋を投げかける結果となった。

 だが事件後、ようやく同人ファン側は己の『二次創作活動』の危険性を、否応がなしに自覚するようになった。以来、

 『これは個人の手によるファンブック的二次創作物です。(該当作品名)の作者、出版社様、その他関係各社とは一切関係ありません。』
 『 【R−18】 この本は18歳未満の方の購入を固く禁じます』
 『この本を作者や出版社、その他関係者さんの目に触れないようお取扱い下さい。』
 『同人誌・二次創作に理解がない方、及び意味の分からない方の購入はお断りします』

 ……と、プロテクトのための厳重且つ頑なな注意書きがおくづけや冒頭に貫かれることが、二次創作同人誌発行の常識となった。

 また原作を切り貼りして作者や出版社や権利者を嘲笑したり、同人ファンを名乗って業務妨害めいた抗議文を送り付ける、などといった、同人びいきから見ても鼻持ちならぬ粗暴なども、目に見えて激減することとなった。

 企業側も、それぞれ公式サイトなどにガイドラインを設け、非公式ファンサイトや同人誌におけるキャラクター使用の是非や、ファンの応援活動として歓迎する場合と快く思わない場合をケースバイケースで標榜する、といったボーダーラインの明晰化を行っているし、わざわざ同人誌即売会イベントに出向いて同人ファン狩りやネットでのファンサイト潰しに回るような企業の強権的弾圧行動も、一時期アニメスタジオのサンライズ、コミック出版社の白泉社、児童教育書のベネッセ、ディック・ブルーナ・ジャパン、アランジアロンゾなどに多少なりとも動きが見られたものの、現在では稀である。

 また、2005年秋に発行された「ドラえもん 最終話」の同人誌騒動においては、 "偽物!偽作者!"と発行者 田嶋安恵氏に痛罵の矛先を向けたマスメディアも散見されたものの、当の小学館・藤子プロダクション側は田嶋氏に対して警告書送付と売り上げ金額の一部の返還請求に留めるという、努めて冷静沈着なスタンスに終始している点にご注目願いたい。

 尚、ドラえもん最終話騒動以前から、同社は極度に発行数の多い同社作品の二次創作同人誌の発行については、水面下で「名探偵コナン」のやおい本作者への警告書の送付・示談交渉を行うなどしており、常日頃見えぬところで事態収拾を行っているそうだ。