NAKAMOTO PERSONAL WEB SITE
- diary(2002/10)
11月へ 10/31 <ハロウィンとか。> 今宵はハロウィン。
モントリオールでのハロウィンは、スーパーの店員さんが仮装していたのにはびっくりでした。
ピーターパンや警官がレジ打ちしてるんですから.....。
騎士やら変なオバケやらが街中をうようよしてたし。ぼくはキリスト教徒ではないけれど、ハロウィンもクリスマスも大いに結構だと思う。
(毎年いつも独りっきりで、クリスマスになってないだろ、って話もありますが、それは置いといて.....。(>_<))クリスマスもお正月もお盆も、なんでもあり。
これは日本人のおおらかさの現われだと思う。おおらかな宗教感覚。「本来の教えはそうではない」という原理主義の台頭が目立つ昨今、日本人のこういった感覚は大切。
何度も書いているけれど、悲しいテロ事件が相次いで、最近特にそう思うのです。
クリスマスといえば、最近のドライブミュージックはザ・バンドの「アイランド」
クリスマス時期に東北を独りクルマで走ってたとき、ラジオから流れた「今宵はクリスマス」が沁みました。。。
一つ上げろといわれれば、一番好きなクリスマスソング。決して、世間評は高くないけれど、しみじみ沁みるアルバムです。
「All About Japan ハロウィーンって何?」
http://allabout.co.jp/children/kidsenglish/closeup/CU20021022a/index.htm10/30 <『夜長姫と耳男』> 確か、今はなき安吾メーリングリストでの一番人気は『夜長姫と耳男』だったと思う。
この物語、夜長姫の一言に尽きる。
「好きなものは咒(のろ)うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。」
と、書くに窮すると安吾に逃げるのでありました。
即日完売の“世界一の手帳”にドラマチックな(?)急展開。“B版”11月19日に再販です。
「ほぼ日手帳世界一物語。」 http://www.1101.com/techo/index.html10/29 <感謝。> 外は冷たい雨。
にわかには信じがたい友達の訃報があった。
近ごろ、慶事と弔事とが交互にやって来る。
慶びも悲しみも隣り合わせ。
「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり。」(蓮如)
生きているうちに、出来るうちに、後悔のないように、生きよう。
考える機会を与えてくれたH君に感謝。
10/28 <平気で生きる。> 「余は今迄禅宗の所謂(いわゆる)悟りといふものを誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居ることであった。」
正岡子規(『病牀六尺 』岩波文庫)
10/27 <しみじみ> 秋の夜長。
独りこんなの読んでたら、しみじみ.....。
「ほぼ日・デリバリー版。」 http://www.1101.com/mm/index.html10/26 <喜びと悲しみとヤケド。> 今日はサッカー仲間のMくんの結婚式へ。
僕らの他にもサッカーチームが来ていて、練習試合を申し込まれてしまいました。
Mくん、明日の練習試合にも出るつもりだって。(^^ゞ
喜びがあれば、悲しみもあるのが世の常。23日、山本夏彦翁が死去。
http://www.yomiuri.co.jp/04/20021026i404.htmご存じ、毒舌、辛口で知られる稀代の名コラムニスト。
言論界の権威たる天下の朝日、岩波を相手にまわし孤軍奮闘。
朝日新聞を徹底批判した“豆朝日新聞”での武勇伝は今や伝説です。偽善を何よりも嫌った、鉄槌とユーモアの人。
批判を恐れない辛口な名言は数え上げたらきりがない。時に辛すぎてヤケドします。
「汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす。」「嫉妬は常に正義や良心の仮面をかぶって登場する。」
「『良心的』ということばだいっきらい。」
「私がさがせば必ずない。」
「私は国民がケチなのに驚いている。」
「女に選挙権はいらない。無論男にも。」
「自国の悪口を言う教科書なら、それは悪いに決まってる。」
「まじめなことをまじめくさって言うのはヤボである。」
「馬鹿は百人集まると、百倍馬鹿になる。」
「できたものはできない昔に帰れない。」
「人は窮すれば何を売ってもいいが、正義だけは売ってならぬ。」
「朝日はアカだからいらない。」
「年寄りのバカほどバカなものはない。」
「女は永遠に十七歳」
そして、闘病対談では、「ガンであれ何であれ、浮世のことは笑うほかない。」と。
最後の最後まで、“山本節”は健在でした。
「山本夏彦研究サイト」 http://www6.plala.or.jp/natsuhiko/10/25 <食慾の秋> 色々と雑務がたまって、食事も出来ない。最近はあまり食慾もないし。
別に身体が悪いわけではなくて。食に対する慾がない。そういえば、子供頃から「もっと慾を出しなさい」と怒られてた。
我慢しろと言われれば頑張るけど、慾を出せと言われても。う〜ん。。。
三つ子の魂、何とやら。
明日はサッカー仲間、Mくんの結婚式。おめとう。
ぼくは遊び仲間が減ってしまうのが残念です。
昨日の写真。襟裳岬の日の出。 黄金街道の高波。チーズお焼きと牛乳。 大樹町の紅葉。
「ペーパークラフト - ハロウィン」 http://21yamaha.com/mc/papercraft/seasons/halloween/halloween.html
10/24 <ただいま> 深夜2時、無事に帰宅しました。
札幌には0時頃到着したけれど、友達の結婚式の準備に集まることになっていたので、そのまま直行.....。
前日の0時に出てるからちょうど24時間。1000キロ近く走ってました。24時間耐久レースか!?今回の十勝行きで来年の計画のメドが付きました。近々発表させて頂きます。
この旅での教訓は、、、“まず動くこと”。そう、昨日スピルバーグが言ってました。
「黙っててても聞こえてくる大声ではなく、聞き流しがちなささやきを聞くこと。」心がささやいたならば、それをやってみる。心のささやきに従って、まずは動いてみること。
教訓であり、自戒。10/23 <I Drove All Night> BS放送で『アクターズ・スタジオ・インタビュー』を見た。
「スティーブン・スピルバーグ自らを語る。」
彼もまた映画学校を片っ端から受験して一つも受からなかったという。
ユニバーサルスタジオに観光バスで行って、潜り込んだ話がおかしい。。。
つまみ出されれるまでの45分間、ヒッチコックの撮影現場を見ることが出来た、とか。(^^;;ノーベル賞の田中さんが変人を自認するように偉業を成し遂げる人には少なからずそういうところがある。
と、他人の変さを見つけて安心する私です。。。スピルバーグが怖いのは、“足つきの家具”。夜になると動きそうだからって。(--;;
彼は、「E.T.」や「未知との遭遇」からもわかるように子供の視点を重視している。曰く、「大人は子供の世界を侵す侵略者だ。」
「子供が何かをしようとすると、大人は必ず強大な権力と腕力で立ちふさがる。」
「僕は何か強大な力に立ち向かう姿が好きだ。」また、「人が何かを考えている姿が好き。」とも言ってた。
『シンドラーのリスト』の撮影では重苦しい雰囲気から逃れるため、ロビン・ウィリアムスに電話したとか。
「笑わせてくれ。」って。それで1時間は笑えたって。(笑)「“グ〜ッド・モ〜〜ニング・バグラム!”」 http://e.goo.ne.jp/movie/news/NEWGOO02002102101/
さすがは、ロビン。あとは、、、嫌人は? に、「耳を傾けない人。」
大切なことは?
「耳を傾けること。黙っててても聞こえてくる大声ではなく、聞き流しがちなささやきを聞くこと。」
「心の声に耳を傾けること。」また、「最初は稚拙でも、自分のやり方を最後まで貫くこと。」とも。
では、十勝へ。
日付が変わったら出発。旅の行程は9月1日の日記と同じ感じで。
一晩中走れば朝には着くでしょう。襟裳岬で日の出。「一晩中走る。」、本日のドライブミュージックは、「I Drove All Night」。
原曲はシンディー・ローパーだけれど、ロイ・オービソンのカバー版がオススメ。
風邪のお見舞いメールを下さったみなさま、ありがとうございました。
おかげさまで元気になりました。追々返信させて頂きます。m(._.)m10/22 <わんっ。> 「吾輩は犬である。名前はまだ無い。」
名前募集中。ここに居ます。→ http://my.reset.jp/~nakamoto/
うるさかったら捨犬にしてしまえ。。。
明晩は“天気”と“体調”と“気分”次第では十勝へ行かないと。雪に埋もれる前に一度行かねばなりませぬ。
(“気分”が一番のポイントです。まぁ、“紀文”の季節でもありますがね。)
「十勝インターナショナルスピードウェイ」 http://www.tokachi.org/speedway/
「紀文」 http://www.kibun.co.jp/10/21 <ばんがろ> 1800年の今日は伊能忠敬が日本地図を作り始めた日だそうです。
今でこそ日本地図の製作者として知られてはいるけれど、実際に地図を作り始めたのは55歳から。
50歳で家督を譲り隠居、親子ほど歳の離れた暦学者、高橋至時に弟子入りする。
55歳から17年間にわたり日本中を自らの足で実測、日本地図を作った。今の世だと、定年退職してからの人生です。
実際、隠居するまでは家業の酒屋を順調にこなし、村の後見役にまでなっている。彼の生き様を見ていると、何かを始めるに遅すぎる事はないと思える。
がんばろ。
ペンションで働いてると、「ガンバロー貸して下さい。」ってお客さんがよくいたけど。
何を頑張るのか、疑問.....。バンガローだってば。
「伊能忠敬記念館」 http://www.sawara.com/tadataka/10/20 <月の賜物> 風邪のため、おとなしく寝ていました。
米がきれたので、食べる物がありませぬ。
寝てるのと、食べるの、どっちが風邪に良いか。
背に腹はかえられん。夜にスーパーまで買いに出掛ける。昨日今日と、月がきれいです。美味しそ.....。
月の賜物。潮の満ち引き。狼男。お月見。 月明かり。月見そば。マイク・オールドフィールドの“ムーンライト・シャドウ”。ニール・ヤングの“ハーヴェスト・ムーン”。波。“月とすっぽん”。稲垣足穂。月に対する太陽。餅つきうさぎ。月光浴。
あとは?
10/19 <風邪は睡るに限ること> 今日は寝てた。
昼までは.....。
寝てても、暇で。
BS朝日でジュリエット・ビノシュの『嵐が丘』を見た。(シニード・オコナーが出てるやつ。)この映画、安吾の『恋愛論』の一節が浮かぶ。(明日は安吾の誕生日。)
「 教訓には二つあって、先人がそのために失敗したから後人はそれをしてはならぬ、という意味のものと、先人はそのために失敗し後人も失敗するに決まっているが、さればといって、だからするなとはいえない性質のものと、二つである 。
恋愛は後者に属するもので、所詮幻であり、永遠の恋などは嘘の骨頂だとわかっていても、それをするな、といい得ないものである。それをしなければ人生自体がなくなるようなものなのだから。つまりは、人間は死ぬ、どうせ死ぬものなら早く死んでしまえということが成り立たないのと同じだ。」
(『坂口安吾エッセイ選』講談社文芸文庫)
夕方、寝汗をかいて気持ちが悪いので、シャワーを浴びちゃう...。
外の空気を吸いに、ちょっとだけ、外に出る.....。
寝てても暇、“布団の中で読む為の本”を買いに出かける..........。札幌駅の書店で文庫を2冊購入。(貧乏、近頃文庫か新書しか買えない。)
『りんぼう先生おとぎ噺』(林望著、集英社文庫)
『オーイどこ行くの―夏彦の写真コラム』(山本夏彦著、新潮文庫)
風邪がひどくなりました。 。。10/18 <子供は風邪の子。> 今日は案の定、体調が芳しくない。
おとなしく寝ていようと思ったのに、色々と諸事情があって、落ち着いて寝ても居られない。
午後にちょっと用事で、久し振りに知り合いの喫茶店へ。( ^^) _旦~~
“ミルククレープケーキ”なるものをご馳走になっちゃいました。
美味しかったです。ご馳走さま。帰りは雨。
雨に打たれながら帰宅.....。家で一時間ばかり睡眠をとって、夜は英会話へ。先週サボったので今回は行かないと.....。
本日のお勉強は、雪にまつわる英語の話。雪の英単語。雪ことば。"SNOW WORDS"明日のサッカー遠征試合は休ませてもらお。
明日こそはおとなしく布団に入ってよう。えー、明日のお楽しみ番組は.....、朝の8時にフジの『晴れたらイイねッ!』。
夜は10時に教育テレビ『国宝探訪』で、“一遍聖絵”! しかも、梅原猛さんらしい。
『世界ふしぎ発見!』のパプアニューギニアも面白そうかな。こんなこと書いてないで早く布団に入れって。。。(>_<)
「喫茶 あじと」 http://www.walkerplus.com/hokkaido/tokushu/200206141/contents/ht024.html
「札幌カフェマニア」 http://www.walkerplus.com/hokkaido/tokushu/200206141/index.html10/17 <グッド・ナイト> 隊長が宜しくない。
いや、体調。
風呂入って寝ます。(-_-)zzz
10/16 <志の立て方> 久し振りに露伴の『努力論』 。(其の十)
- 凡庸の資質と卓絶せる事功 -「何事によらず、人がある時間を埋めて行くには、心の中にせよ、あるいは掌にせよ、何ものかを持っていなければ居られぬ。」
「さらば心の中あるいは掌の上に何物かを持っている事が常住であるならば、その持っているものの善いものでありたいことはいうまでもない。」
「いわゆる志を立つるということは、あるものに向かって心の方向を確定する意味で、いい換うれば、心の把持(はぢ)するところのものを定める訳なのだ。」
「心の執る処のものを最も善いものにしなければならぬは自然の道理である。随って志を立つるには固からんことを欲する前に、先ず高からんことを欲するのが必要で、さて志立って後はその固からんことを必要とする。」
「万人が万人同一の志であるといことは有り得ない理だ。各人の性格に基いて、その人が善しとする処に心を向けて行くべきなのである。」
「人々の身長の高さはおおよそ定まっているのであるから、むやみに最大範囲における最高級に達することを欲せず、比較的狭い範囲において志を立てて最高位を得んことを欲したならば、平凡の人でも知らず識らず世に対して深大なる貢献をなし得るであろう。」
「何をしても人はよい。一生瓜を作っても馬の蹄鉄を造っても、また一生杉箸を削って暮らしても差し支えない。何によらずそのことが最善に到達したなら、その人も幸福であるしまた世にも幾干(いくばく)かの貢献を残す。」
「徒(いたず)らに第二第三級の性格であることをも顧ずして第一級の志望を懐こうよりも、各自の性格に適応するものの最高位を志望したならば、その人は必ずその人として最高才能を発揮して、大なり小なり世に貢献し得るであろう。」
グレーの、買っちゃった。(^^)v
「ほぼ日ストア。」 http://www.1101.com/store/index.html
「ほぼ日手帳世界一物語。」 http://www.1101.com/techo/index.html10/15 <寂聴さん(2)> 『瀬戸内寂聴の人生相談』。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/week/2002/10-3/week.html#1「死を前にした時」
タイトルがタイトルだけに、重い.....。
* 人間は本来、老人や弱い人に優しくするように出来ている。それが生きている間に失われる。* 死にも明暗がある。
* どんなに偉い人でも死の瞬間は取り乱す。ちっとも恥ずかしいことじゃない。
* 死んだことがないんだから、私にもわかりませんよ、あっち(死後)のことは。
* 私たちは、やがて来る死に向かって生きている。
* 今のこの一瞬を一生懸命に生きよ。過去も未来も考える必要はないのです。
* 人間は愚かで間違いばかりする、つまらない戦争を繰り返す。
しかし、この世は美しい。人の命は甘美なものだ。
僕は、安吾が好き。「 人間は生きることが、全部である。死ねば、なくなる。名声だの、芸術は長し、バカバカしい。私はユーレイはキライだよ。死んでも、生きているなんて、そんなユーレイはキライだよ。
生きることだけが、大事である、ということ。たったこれだけのことが、わかっていない。本当は、分るとか、分らんという問題じゃない。生きるか、死ぬか、二つしか、ありゃせぬ。おまけに、死ぬ方は、ただなくなるだけで、何もないだけのことじゃないか。生きてみせ、やりぬいてみせ、戦いぬいてみなければならぬ。いつでも、死ねる。そんな、つまらんことをやるな。いつでも出来ることなんか、やるもんじゃないよ。
死ぬ時は、ただ無に帰するのみであるという、このツツマシイ人間のまことの義務に忠実でなければならぬ。私は、これを人間の義務とみるのである。生きているだけが、人間で、あとは、ただ白骨、否、無である。そして、ただ、生きることのみを知ることによって、正義、真実が、生れる。生と死を論ずる宗教だの哲学などに、正義も、真理もありはせぬ。あれは、オモチャだ。」(坂口安吾『不良少年とキリスト』)
そして最期は、こんなんでいい。
「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」(良寛)
こっそりだけど.....、
「ほぼ日手帳世界一物語。」 http://www.1101.com/techo/index.html
「ほぼ日ストア。」 http://www.1101.com/store/index.html
「ほぼ日刊イトイ新聞」 http://www.1101.com/index.html
明日16日、12時と23時に限定発売! グレーにしようかなぁ。。。10/14 <寂聴さん> NHKのETV2002『瀬戸内寂聴の人生相談』を見た。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/week/2002/10-3/week.html#1「むなしさに苦しむ時」
* 世の中は正しいことが通る訳じゃありません。* だいたい世の中には自分に向いた仕事ばかりありません。仕事ってのは我慢しなきゃならないものです。
* 世の中は理屈通りには行きません。矛盾を抱えたのが世の中です。その中で我慢しなければならない。
* 耐えることが生きることです。誰でも耐えてる。誰でも、どの人でも、どこかで我慢してるんです。
* 甘いんです。甘えてるんです。
* 世の中ってのは持ちつ持たれつ。自分を通そうと思っても無理。我慢することが生きることです。
* 心配があるということは、むなしくない。中途半端だからむなしいのです。
* なにかに夢中になっている時にはむなしくなんかありません。
* 人間は何もかも満たされるなんてことは有り得ないのです。
* 死んで(自殺)しまったら、また迷惑かけるじゃありませんか。死なないならば、ということを突き詰めて考えるんです。
* 人間は自分に見切りをつけてはけない。自分の命を絶つとか自分を投げ出すということは傲慢なんです。
* 与えられた命は、死ななきゃならない時が来るまで精一杯生きること。これが人間の務めなのです。
* むなしいむなしい、なんて言ってる暇に何かしたらいいんですよ。
* 自分のことしか考えていないから、むなしいんです。
* ボランティアなんて軽い気持ちじゃなく、なにか本当に無償で自分の生命を注いで一生懸命してたらむなしさなんて吹き飛んじゃいます。
* 私だって喜んで(お寺に)行ってる訳じゃないですよ。しんどいですよ。義務で行ってるんですよ。
* ゆとりがあるからむなしいなんて言ってるんです。ゆとりを無くすれば良いんです。
明日も見よ。
「寂庵」 http://www.jakuan.com/
「瀬戸内寂聴の人生相談」 http://www.nhk.or.jp/etv21c/week/2002/10-3/week.html#1
月曜日の最近のお楽しみ。
「敗者から見た明治維新」 http://www.nhk.or.jp/ningenkoza/200210/mon.html10/13 <ポストマンにトム・ペティ> 今日はサッカーの練習試合で身体を鍛える。
僕は2得点。(^^)v昨晩BS放送でケビン・コスナーの『ポストマン』をやってた。
トム・ペティが出ていると聞いていたのでチェック。
ミュージシャンの役かと思っていたら市長さん。人柄はそのまんま。(^^;;
ケビン・コスナーに「あんた、有名人だったろ?」って聞かれてたのが笑える。(^^)
結局最後まで見てしまった.....。
「Tom Petty & The Heartbreakers」 http://www.tompetty.com/
日本では発売前の新譜『THE LAST DJ』が聞けちゃう。↑10/12 <箸休め> 今朝、NHKで阿川佐和子さんの番組を見た。
http://www.nhk.or.jp/oasis/life2002/l-02-10-2.html僕は、お父さまの阿川弘之さんから知ったクチなのですが.....、
佐和子さんの「人生の言葉」。“箸休め”。
三宮麻由子さんという方の『鳥が教えてくれた空』(NHK出版)から知ったそうです。
全盲の彼女には鳥のさえずりが尊いものに感じた。
鳥の存在、それ自体、人間にとってさほど重要ではないかも知れない。
けれど、鳥のさえずりがどれだけの人を慰めたことか。
食事の合い間にちょっと手を付ける、ほんの箸休め。
そんな存在になりたい。と。『蛙の子は蛙の子―父と娘の往書簡』(阿川弘之、佐和子著) ←親子のかけ合いが絶妙です。
本日は「芭蕉忌」。
1694年の今日、松尾芭蕉が亡くなりました。「旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる」
辞世の句と言われています。
「芭蕉翁記念館」 http://www.ict.ne.jp/~basho-bp/
「芭蕉際インターネット中継」 http://www.city.ueno.mie.jp/basyosai/10/11 <むし> 1915年の今日は、『ファーブル昆虫記』のジャン=アンリ・ファーブルが亡くなった日、だそうです。
僕も、子供の頃は虫好きでした。昆虫記や昆虫図鑑を自転車に積んで走り回ってました。
東京の片田舎に住んでいた頃は、仲間と雑木林へ虫探しに行ったものです。
体中、蚊に刺されて真っ赤になって.....。僕らではやっぱりカブトムシが一番偉くて、次がヒラタクワガタ、ノコギリクワガタ。(これは好みが分かれる。ヒラタの方が玄人好みなのです。)その次はコクワガタ。カナブンが続く。カナブンにも瑠璃色のや真っ黒のがいて、瑠璃色のきれいなのが良い。カミキリってのもあったか.....。
そう言えば玉虫が来た事もあった。玉虫の“玉虫色”に驚いた。オオカマキリとオニグモはどっちが強いか?!
カマキリの卵を持って帰って、孵化してしまって部屋中が子供カマキリだらけになったり。(>_<)
カマキリのファイティングポーズはカッコいい。アリジゴクに蟻を落としてみたり.....。
山椒の葉っぱについたアゲハの幼虫をつっついて変な臭いがした。(`〜´)ザリガニを釣るのにイカの刺身を持ってって怒られたり、ウグイ釣りに行って鮎が釣れて甘い香りに驚いた。(鮎は瓜系の匂いがするんです。スイカの匂い。)
大人たちに内緒で、子供たちだけで雑木林の中に小屋を作って、子猫を飼ってみたり。
順番にそれぞれの家から食料を調達して来て、どっかで、ばれる。。。シマヘビを学校に持っていって怒られたこともありました.....。(*_*)
でも、こういうのが全て、生きる勉強になってるんだなぁと、つくづくそう思います。。。
やっぱり、人間は土の上で暮らさないと。
最近、街中には土がないぞ。
「奥本大三郎のファーブル入門」 http://eco.goo.ne.jp/wnn-x/okumoto/やば、英会話行くの忘れてた。
10/10 <早寝早起き> ひさしぶりの木曜サッカー。
寒むいっ、もう息が白かった.....。
まぁ少し動くと汗をかいて暑くなるのだけど。練習後は毎回恒例、ファミリーレストランでだらだらしてから帰る。
今晩はぐっすり眠れそう。
早寝早起き。
坊さん続き。
1271年の今日は日蓮上人が佐渡に流された日だそうです。10/09 <法前仏後と多神教> 米、ワンシントンDC近郊の連続射殺事件で不審な紙切れを発見。
「私は神だ」のメッセージ。
http://www.cnn.co.jp/usa/K2002100901447.html
http://www.jiji.com/cgi-bin/content.cgi?content=021009231352X615&genre=socこういう事件が起こると、一神教の限界を感じてしまう。
唯一絶対の神を信仰する一神教では自分の神以外を認めることが出来ない。
私の神は絶対であり、それが熱狂的、偏狭的な信仰へと変わる危険性がある。日本には“法前仏後”という言葉がある。“仏”よりも前に“法”があるのだ。
たとえ「私は仏だ!」と主張する、どんなにエライ教祖様が出ようとも、法が優先である。また、かの二宮尊徳は、神道五割、仏教二割五分、儒教二割五分を丸薬にして飲めば、心の病は癒されると説いたと聞く。
敢えて一神教批判をする必要はないけれど、曖昧と叩かれて続けて来た日本人の“おおらかな宗教感覚”を見直すべきではなかろうか。
そもそもは多神教から始まっている。
アイヌもアボリジニもマオリもインディアンもケルトも多神教のアニミズムから始まった。
太陽を崇め、月に祈り、大地の恵みに感謝する。生きとし生けるものには、すべて神が宿る。
近代宗教が高尚で、原始宗教(アニミズム)は野蛮である、という考えを見直す時だと思う。そして、それは日本人の役割のようなが気がする。
「尊徳記念館」 http://www.odawara.gr.jp/html/view/kanko/2-02sontoku.html
「二宮金次郎の部屋」 http://www.urban.ne.jp/home/horoyoi/nino-kin/nino-kin-index.htm10/08 <跳ねば跳ねよ、踊らば踊れ> 踊り念仏で知られる一遍上人を描いた、国宝「一遍聖絵」、実は腰布だけの裸だった.....。
http://www.yomiuri.co.jp/04/20021006i401.htm見かねた弟子が気を使って衣を描き足させたようだ。
「捨ててこそ」の“捨聖(すてひじり)”としては裸で踊っている方が一遍らしい。描き足させた弟子は一遍ほどの大人物ではなかったようです。
小さな親切、大きなお○○。明日から11月10日まで、京都国立博物館で一般に公開されます!
http://www.kyohaku.go.jp/tokuchin/ippen/ippenj.htm
津軽海峡さえ無ければ、行ってしまうんだけど.....。「となうれば 仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏 なむあむだ仏」(一遍)
「時宗開祖・一遍」 http://www.dokidoki.ne.jp/home2/doinaka/mq/ten-h/t03-4.html
「一遍上人の旅」 http://www.westjr.co.jp/kou/b-signal/02_vol_19/cont_1.html
「国無形民族文化財 跡部の踊り念仏」 http://www.shinmai.co.jp/kanko/saijiki/00065.html
「京都国立博物館」 http://www.kyohaku.go.jp/indexj.htm10/07 <“言葉を買う詩人”> 最近は録り溜めてあるビデオを見ながら寝るのが日課になっている。
週末や昼間にテレビでやっている映画がいくつか溜まっている。昨晩はギリシア映画、『永遠と一日』。
愛する者に死なれ、希望を失った老作家と難民少年の物語。睡魔との闘いで、所々記憶が抜けているのだけれど、印象深いシーンがいくつかある。
老作家が少年に語った“言葉を買う詩人”の話。
これはギリシア生まれイタリア育ちの詩人ソロモスのことなのだけれど、とても印象深い。オスマン帝国からの独立運動を知りギリシアへ帰るソロモスだが、彼は言葉を知らない。
イタリア育ちの彼は、母国語であるギリシア語を話すことが出来なかった。そこで彼は、貧しい人々から一語一語、金を支払って言葉を教わった。
言葉を買い集めたのだ。そして、買い集めた言葉で詩を作った。
今のギリシア国歌は彼の作詞なのだそうだ。買い集めた言葉で詩を作る.....。それがなんだか、とても印象に残った。
また、ラストシーンでの「明日の時間の長さを教えてくれ。」との問いに。
「永遠と一日」。明日はただの一日に過ぎない。けれども、それは永遠である。
希望も失望も、全て含んだ永遠。そして一日。
色々な解釈があるようだけれど、そんなことを考えた。
「永遠と一日 DVD-DATA」 http://www.jvc-victor.co.jp/movie/dvd/product/JVBF-47019.html10/06 <LENNON> 最近、お疲れ気味。
サッカーでもして運動をしている方が身体の調子が良い。
身体が疲れると、心が疲れない。夜に、秋雨の中を気分転換に札幌駅の書店へ出かける。
『完本 戒老録』(曽野綾子著、祥伝社黄金文庫)購入。
秋から冬は、ジョン・レノン。ベスト10なんぞ、挙げてみる。もちろん順不同。順番はつけられません...。
1 WATCHING THE WHEELS 2 STAND BY ME 3 MIND GAMES 4 GROW OLD WITH ME 5 OH YOKO! 6 INSTANT KARMA! 7 OUT THE BLUE 8 GOD 9 HOW? 10 NOBODY LOVES YOU
(WHEN YOU'RE DOWN AND OUT)10/05 <歌う> 「すべて『一途』がほとばしるとき、人間は『歌う』ものである。」
10/04 <ことのかけら> 最近は“子供”が差別用語らしい。
“子供”の“供”は大人の供であることを意味し、子供の独立性を無視している.....。
故に、“子ども”と書くそうだ。普通の人はそんなことを考えて使わない。
そんなことを考えつく人こそ、根底に差別の意識があるのではなかろうか。“びっこ”が宜しくない、という「ピノキオ」が消えて、「ちび黒サンボ」も見かけなくなって。
看護婦さんも、保母さんもいなくなって.....。こんなことを差別だと感じる人がいることの方が、よっぽっど悲しい。
言葉は、言(こと)の端(は)。言のかけら。
言の端には言霊(ことだま)が宿る。そうでないものは自然に消えてゆく。
それを今の価値観、一握りの正義感で断罪し、葬り去ってしまっていいのだろうか。大切な言葉が、また一つ消えて行く。
「悪人がいくら害悪を及ぼすからといっても、善人の及ぼす害悪にまさる害悪はない。」
(『ツァラトゥストラはかく語りき』)10/03 <晴読雨読> 木曜サッカーの日。
の、はずけれど人が集まらずに中止。最近は面白そうなテレビもないし、、、
本を読む。途中で浮谷東次郎が出て来て、ニンマリ。。。
他にも『禅とオートバイ修理技術』が取り上げられていたり、好みが通じるところがある。
平易な文体で、優しさ、思い入れが伝わる。良著。
「金魚さいと・さかなやさん」 http://kingyo.milkcafe.to/
金魚でも飼うかね。10/02 <『柿の種』> 生来の盲人は眼の用を知らない。
始めから眼がないのだから。
眼明きは眼の用を知らない。
生れた時から眼をもっているのだから。
10/01 <Björk> アイスランドの歌姫、ビョークのインタビュービデオが出て来た。
“姫”かどうかは、まぁ置いといて、彼女のインタビューは興味深い。今、興味があることは?
「神道という宗教を学びたいと思っています。すべてのものに神がいるってことでしょう?」歳をとることに興味がある?
「自分がどんどん上達できるように思えるから。特に技能面で熟練していくように思えます。」
「多くの大作家が傑作を書き上げるのは60歳くらい。だから60歳まではリハーサルです。」幸せとは?
「私の心の中にある情熱と、私を取り巻く周囲の情熱。その二つが同じレベルで釣り合いが取れている時に大きな幸せを感じます。」
「Bjork Hyper-Ballad」 http://hypers.cool.ne.jp/
「BJORK JAPAN」 http://www.hyperballad.org/bjorkjapan/
「björk.com」 http://www.bjork.com/9月へ