グラフィックデザイナー・長久雅行のウェブサイトです。

(2)写植で描かれた絵

写植オペレーターとして仕事を始めた、まだ会社勤めの頃、「写植文字で絵を描く」事に熱中していました。
[3]の画像は、主に明朝体、筆書体の文字の偏や平仮名などを、像回転、長体、平体などかけてディスプレイ付きの写真植字機(写研PAVO-KVB)で印字したものです。3時間ほどかかったような記憶があります。
元にしたのは、ハチの写真です。その写真の上に透明な方眼紙を載せて、その方眼と同じ罫線をディスプレイ上に引いて(印画紙上には引かない機能を用いています)、それを目安として印字していったものです。一つの文字を打つごとに縦横同じ数値で4つ打っています。あらかじめ印画紙の上にはスクリーントーンが貼ってあり、その透明な部分を通過した光で模様が現れるという仕組みです。[4]も同様の方法で作りました。

しばらく、そういう方法で絵を打っていました。なぜ、その様な事に熱中したのか、もともと大学時代(中退しましたが)はデザイン科で絵を描く事は好きだった、という事もあるのですが、写植の職人として、前述した通り「ノーミスで打つ」事に加え、「綺麗に組み打ち」することを極限まで追求していた時期だったという事です。「組み打ち」とは、1枚の写植印画紙上に、全ての文字要素を完成された状態で印字する事です。
当然の事ながら、「組み打ち」は神経を使いますし、大変で、時間がかかります。ですから、日常の仕事に於ける生産性の高さという理由から、ある程度「バラ打ち」して版下に任せるのが通常でした。「バラ打ち」というのは、ブロックごとに文字を印字し、それを版下で切って貼ってページを組むことを前提として文字を打つ事です。
「組み打ち」に異常にこだわるのはオペレータの自己満足でしょう。ただし、その後の印刷物作成の歴史から考えると、電算写植でもDTPでも「組み打ち」が当たり前であり、むしろ「バラ打ちして版下で組む」という概念はありません。時代を先取りしていた(?)といえます。

さて、「写植文字のパーツを用いて絵を描く」事を続けているうちに、「自由曲線に沿った文字列で濃淡も加えて絵を描く」手法を思いつきました。[5]の画像がその印画紙です。絵は、歌麿の「ポッピンを吹く女」、文章は、井原西鶴の「好色五人女」です。
これは写研のPAVO-KVBという写植機で、1989年のゴールデンウィークに会社に泊まり込んで3日間ほどで仕上げた作品です。なぜ泊まり込んでかというと、時間的にどのくらいで出来るか予想が付かなかったという事と、PAVO-KVBは一旦電源を切るとディスプレイ上の文字は全て消え、残らないという仕様だからです。

時はバブルの絶頂期、とはいえ写植屋の若いオペレーターにはあまり関係がないのですが、「写真植字」の絶頂期であった事も間違いありません。「人手不足倒産」とか、現在では考えられないような好景気の時代でした。求人誌には写植オペレーターの募集があふれ、オペレーターはちょっと嫌だとすぐ会社を辞めて他へ移ります。写植屋の社長も、同僚も、私も、写植で稼げる時代が後数年しかないなんて夢にも思いませんでした……。

>>3へ続く

写植

[3]写真植字によるイラスト

写植

[4]写真植字によるイラスト

写植のイラスト

[5]写真植字による「ポッピンを吹く女」