グラフィックデザイナー・長久雅行のウェブサイトです。

(1)タイトル文字の詰め方、組み方 
「日本林業はよみがえる」の場合

私自身の最近の仕事から、いくつか例を挙げて、私がどのような事を考えて書籍のタイトル文字を微調整しているかを、解説したいと思います。
もちろん、ここに挙げた例はあくまで「私の場合」(さらには、その書籍のデザインの場合)であり、そのように組む事を推奨しているわけではありません。また、私はタイポグラフィ、デザインの正式な教育を受けたわけではありませんので、参考にはならないかも知れません。ただ、写植オペレーターとしての20年ほどのキャリアの中で、様々な方々に指導、ご教示されたノウハウがあります。それを、いくつか説明したいと思います。

最初は「日本林業はよみがえる」。タイトルを見てもわかるとおり、林業を扱った経済書です。編集者からの依頼は、「広く環境問題に関心のある読者にも手にとってもらいたい」という事でした。いくつかのラフ案の検討をへて、ジャケット全面に森林の写真を敷き、タイトルは横1行で表記する案に決まりました。書体は、検討の結果、秀英明朝体(モリサワの秀英初号ではなく、写研の手動写植のSHMを印字後スキャンして使用)に決定しました。
まず、普通に印字した見本が[1]です。
その後、微調整を施して完成したのが[2]です。どのように微調整したのか。
画像をクリックしてみてください。

(2)タイトル文字の詰め方、組み方 
「バーゼルIIIは日本の金融機関をどう変えるか」の場合

難しいタイトルの本です。編集者からの依頼は、「勉強熱心な金融マン向けです。価格も高い設定ですので。文字中心で、格調の高いデザインで」ということでした。
ここでも、いくつかのラフ案の検討後、デザインを決め、書体は、やはり秀英明朝体に決まりました。
普通に印字した見本が[3]です。
その後、微調整を施して完成したのが[4]です。
その詳細は、やはり画像をクリックしていただければわかります。

(3)タイトル文字の詰め方、組み方 
「ニッポンの「農力」」の場合

タイトル通り、農業に関する本です。編集者からの依頼は、「力強く、希望を感じさせる装幀」とのことでした。
ここでも、いくつかのラフ案の検討後、デザインを決め、書体は、写研の「かな民友明朝」(ひらがな)+秀英明朝体(漢字)に決まりました。
普通に印字した見本が[5]です。
その後、微調整を施して完成したのが[6]です。
その詳細は、やはり画像をクリックしていただければわかります。

さて、特にこの例では顕著ですが、以上の3点には共通点があります。
デザイン上の要請(とはいえデザイナーは私自身なのですが)により、通常よりもきつめに詰めていること、拗促音を通常よりも小さめに印字していること、カギ括弧などの約物を細めのモノで印字しているなどです。
なぜ、拗促音をQ下げするかについての一つの説明はこうです。活字から写植の時代になって新たにデザインされた書体の多くが、活字と比べ拗促音が大きくなっていったという事情があり、ですから、それを、活字時代のバランスに戻そうという試みで小さくしている、と。
しかし、それよりも大きな動機は、「その方が格好がいいから」という事につきます。ですが、それはもちろん個人の感覚、あるいは時代の流行によっても変わるもので、一般論として「拗促音は小さくした方が格好いい」と、私は主張するつもりはありません。
また、現在の日本の印刷物の文字組みのほとんどは、その処理をしていません。ですから、今の書体の拗促音の大きさが標準であり、「拗促音が活字に比べて大きすぎる」などという感想を持つ人は、現在の日本にはあまりいないのではとも考えられます。
当然、これとは反対の全く違うタイプの組版、例えばモリサワの中ゴシックやリュウミンRを大きく字間を空けて配置したデザインや、私の仕事で言うならば「スシエコノミー」「ルポ 日本の縮図に住んでみる」など、上の作例とは違う「格好良さ」を求める組版もありでしょう。

カギ括弧などの約物を細めのモノに差し替えるというテクニックは、これほど極端な例ではないにしても、昔、私が在職したある大手写植会社のハウスルールとしてもありました。今でいうならば、モリサワの「ゴシックMB101 B」程度の太さの書体に、かなり細めの、「中ゴシックBBB」程度の約物を組み合わせる、とかです。
モノにもよりますし、見る人の感覚にもよりますが、意外に、これは上手くはまります。日本語はひらがな、カタカナ、漢字の他に約物、さらには様々な記号など、多彩な文字を扱いますが、その中でのいわば「つなぎ、あるいは分断」のような意味合いを持つ約物を、他の文字と太さを変える事によりその記号の意味がはっきりして、それが「読みやすさ」につながるのかもしれません。
ただし、それとは反対に、あるブロックの文章を組む場合に、全体の濃度を均一にそろえたい、「ひとかたまり」感が欲しいので約物は仮名と同じ太さで、という要請がされる組版もあるかと思います。これに対して、日本語文字組版に全体の濃度とか「ひとかたまり」感などを求めるのはナンセンスである、という批判を聞いた事もありますが、私はもともとデザイナーの意向に沿って印字する写植業者ということもあり、そういう組版がよくないとは考えていません。

そもそも、私は、すべての組版に、「読みやすさ」が必要という前提そのものにも疑問を感じています。意識的にせよ無意識的にせよ、意図的に「読みにくさ」が必要とされる商品は、世の中にいくらでもあるのではないかと。
ですが、一般的には、「ここ、読みにくいのでもう少し読みやすく」などというやりとりがクライアントとデザイナーの間では交わされています。私もそれに沿って、その時その時でテクニックを変えながら「読みやすい(ように見える)=売れるはず」というデザインを追求している次第です。

さて、拗促音を小さくする、きつく詰めるというテクニックは、一昔前には現在よりも多く見られました。杉浦康平さんのデザインなどがその代表です。その頃の書籍は、現在よりも、緻密で、本文も小さめだったように思います。(現在は高齢化社会ということもあるのかも知れませんが、本文のQ数もどんどん大きくすることを要求されるようです)。その当時のデザインを今見ると、やや、古くさく感じる部分があることは否めません。その反動からか、時代の流れか、現在はゆったり組むデザインが主流になってます。
ただ、これは私の個人的な事情なのかも知れませんが、私にはこのページで紹介されているような緻密な文字組みを要求される依頼が意外に多くあります。また、この私のウエブサイトでも、手動写植についてのページなどがかなり人気のようで、こういう文字組みを愛する人はある程度いるのかな、とも思っています。

(4)タイトル文字の詰め方、組み方 
「トラブルなう」の場合

最後は縦組みで、書体は太いゴシック体です。
活字の伝統あるゴシック体をベースにした書体で、力強さの中に、ユーモラスな印象もある懐の深い書体です。深刻な危機的状況を、どこかユーモラスに描くこの書物にぴったりのタイトル書体だと選びました。
その調整は、画像をクリックしてみてください。

2011年11月 記

日本林業はよみがえる

[1]写研 秀英明朝(SHM)で文字詰め印字
(画像をクリックすると拡大されます)

日本林業はよみがえる

[2]微調整後、完成タイトル
(画像をクリックすると拡大されます)

バーゼルIIIは日本の金融機関をどう変えるか

[3]写研 秀英明朝(SHM)で文字詰め印字
(画像をクリックすると拡大されます)

バーゼルIIIは日本の金融機関をどう変えるか

[4]微調整後、完成タイトル
(画像をクリックすると拡大されます)


ニッポンの「農力」

[5]写研 かな民友明朝+秀英明朝で文字詰め印字
(画像をクリックすると拡大されます)


ニッポンの「農力」

[6]微調整後、完成タイトル
(画像をクリックすると拡大されます)

トラブルなう

[7]使用書体は「游築初号ゴシックかな W8」
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トラブルなう

[8]微調整後、完成タイトル
(画像をクリックすると拡大されます)